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書籍発売中❀ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します  作者: 秘翠 ミツキ


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二十三話


「聞いたよ、エーファ嬢。来月誕生日なんだろう」


 何時も通り偶然エーファ達のいる部屋の前を通り掛かったマンフレットが中の様子を窺い見ていた時だった。丁度休憩中だったらしく、二人が雑談をしているのが聞こえて来た。


「何か贈るよ。何がいいかな?」

「そんな、レクス様にはお世話になってばかりなのに、贈り物まで頂けません!」


 この数日、自分が言いたくて言い出せなかった台詞をさらりとエーファに言うレクスにマンフレットは苛っとする。何処までも邪魔者だ。そろそろ冗談ではなく屋敷を出入り禁止にした方がいいかも知れない。


「遠慮しなくていいよ。友人の奥方の誕生日に贈り物の一つや二つ用意するのは普通の事だからさ。で、何か欲しい物はないの?」

「いえ……特に何も」

「あ、今の間、何かあるね」


 レクスが抜け目なく指摘するとエーファは暫し黙り込み口元に手を当てる。どうやら悩んでいる様だ。マンフレットは固唾を飲む。

 

「あの……本当に何でも良いですか?」

「勿論。あぁでも、お城とかは流石に厳しいかなぁ。もしお城が欲しいなら俺じゃなくてマンフレットに強請ってね」


 相変わらず下らない冗談を言うレクスにエーファも側に控えている使用人等も笑うが、マンフレットは全く笑えない。


(何が城だ、下らん……。エーファは一体何が面白いんだ)


 更に苛々が増してくる。マンフレットは色んな意味で面白くなかった。


「では…………おめでとう、と言って貰えますか」


 彼女が一瞬何を言ったのか理解出来なかった。それはレクス達も同じだった様で、目を丸くしてエーファを見ている。


「私、お誕生日を誰かにお祝いして貰った事がなくて……だから、当日におめでとうと言って貰えたら、嬉しいなと……」




 


「マンフレット様、お茶が冷めております」

「あ、あぁ、分かっている」


 ギーから指摘され我に返った。平然を装いながらカップに口を付けると確かにお茶は冷め切っていた。昼間の事を思い出していたが、かなりの時間意識を飛ばしていたらしい。


「ギー」

「何でしょうか」

「……ブリュンヒルデの誕生日は何をしたか覚えているか」

「ブリュンヒルデ様のお誕生日は、ブリュンヒルデ様のご実家で盛大なパーティーを開かれお祝いをされておりました。何でも婚前からの恒例だとか。無論マンフレット様にもお声は掛けましたが、全く関心がない様子で出席はなさらなかったと記憶しております。それがどうかなさいましたか」

「そうか……いや、何でもない」


 記憶を辿れば確かにそんな事を言われた気がする。ただ当時ギーの言う通り興味もなければ関心もなく参加はしなかった。その代わりではないが、マンフレットの弟のリュークが参加していたのを思い出す。まあそんな事はどうだって良い。それよりーー。



『おめでとう、と言って貰えますか』


 あの言葉を聞いた時、一瞬思考が停止した。そして今ギーからの話でブリュンヒルデの時の事を思い出し、何とも言い難い感情が湧き起こる。

 毎年姉が盛大に誕生日を祝われている一方で、妹のエーファは一度たりとも祝われた事がない。何でも与えられる姉と何一つ与えらる事が許されない妹。一見すると不公平に思えるが、姉の方が優れているのだから優遇されるのは当然だろうーー以前までの自分なら迷いなくそう言い捨てた。だが何故か今はそんな風に言えない。彼女を虐げてきたソブール伯爵夫妻に怒りすら湧いてくる。無性に腹立たしくて仕方がない。

 

「ギー、少し一人にしてくれ」


 マンフレットは人払いをすると大きな溜息を吐き椅子に凭れ掛かった。



『奥様! お誕生日当日は私、何百回だっておめでとうございますと言います! いえ、寧ろ叫びます‼︎』

『ちょっとニーナ、貴女泣いてるの? 奥様、私もニーナと同じ気持ちです』

『勿論、私もです!』

『ならさ、皆でエーファ嬢のお誕生日をお祝いしようか』


 レクスからの提案に使用人等は賛同し盛り上がっていた。エーファもはにかみ何時になく嬉しそうに見えた。


(こんな時、私はどうすればいい……? 彼女の為に何が出来る?)


 やはり最近の自分はどこかおかしいらしい。エーファの事になると冷静ではいられない。これまでは感情の起伏など殆どなく他者にも大した関心もなかった。そんな自分がまさかこんな瑣末な事で悩んだり腹を立てる日が来るなど想像だにしなかった……全く情けない。何というザマだと一人自嘲した。


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