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「ステップファミリーって知ってる?」
コーラを飲みながら、佐藤くんは他人事のように話し始めた。
相変わらずの喉に見とれながらも、考える。
「なんか聞いた事あるような…。よくわかんない。」
ホップ、ステップ?
いや、バスの階段がステップだから…進むの?家族が??
「再婚同士とかがさぁ。子連れで結婚したりするじゃん。それでできた家族。英語で言うと簡単だけど、いわゆる複雑な家庭ってやつだよ。」
佐藤くんはリモコンを手に取り、テレビをつけた。
家の話が気まずいのか、チャンネルをいくつか換えリモコンを置いた。
適当なバラエティ番組。
きっと一人暮らしの癖。
見るわけでもなくBGMとしてつけてしまうテレビ。
「俺を産んだ母親は小学校…3年生の時に死んじゃって。その後、すぐ父親が再婚したんだ。もともと仕事人間だったから…。子供なんて育てられなかったんだよ。」
佐藤くんは、ずっとテレビの方を見ていた。
「再婚相手にも子供がいて、それが兄。4つ年上だったから話も合わなくて。ぎくしゃくしたまま、この家で家族4人の生活が始まったんだ。」
テレビから笑い声が聞こえる。
佐藤くんは少しも笑わない。
「上手くいくわけないじゃん。ここには3人の家族が住んでいたんだよ。そんな生活感のある所に、他人が入り込んでくるなんて…。兄さんもかわいそうだよ。他人の家が今日からキミの家って言われて。学校も苗字も変えられて…。」
視線はテレビに向けたまま、話し続ける。
私は、口を挟めないまま静かに聞いていた。
「はい、今日から家族です。キミ達は兄弟ですって…。全然無理。俺達はそれぞれ、ひとりっ子。学校から帰ったら、ひとりで過ごしてきたんだ。兄弟のいる生活なんて…。わからないんだよ。」
手入れの行き届いた家の次男坊。
そう思っていた私は、佐藤くんの事なんて何もわかっていなかった。
「父さんの再婚相手は、それでもがんばってたみたいだよ。やっぱバツ2にはなりたくないじゃん。父さんも最初のうちは協力してて…。俺の母親の荷物を全部捨てて、新しい家具を買って。」
亡くなってしまった母親。新しい家族。捨てられてしまった思い出。
小学生の佐藤くんを思うと、なんだかやりきれない。
「最初に家を出て行ったのは、兄さんだった。県外の高校に進学して、おじさんのうちにお世話になるからって。再婚相手の人は知らなかったみたいで、よくケンカしてた。次に出て行ったのは、どっちだったかな?父さんが家に帰らなくなったのと、あの人が家をあけるようになったのと…。俺もね、中学はテキトーだったから家に寄り付かなかったしね。」
仕事に逃げた父親。家庭の外に居場所を求めた継母。荒れる息子。
ここに来る前、おばさんから聞かされた話。
今の佐藤くんからは想像もつかない。
「兄さんの荷物がなくなって部屋が1つ空いて。再婚相手の荷物も、ある日なくなって。父さんの部屋も使われなくなって。庭なんて雑草だらけ。家の中も掃除する人がいなくなって埃だらけ。」
私の寂しさと佐藤くんの孤独。
どちらがどうなんていえないけど…。
「あの日も家でテレビ観てたんだ。学校に行くの面倒でね。ワイドショー?みたいなの。そうしたら、芸能レポーターがさぁ好き勝手言ってんの。お前見て来たのかよ!って思うくらい。人のプライベートをさぁ、おもしろおかしく。なんだコイツって思った。けど、そのうちにそのレポーターと近所のおばさんがかぶって見えちゃって。思わず、その辺にあった物を手当たりしだい投げて壊しちゃったよ。」
乾いた笑い声。
自嘲するように笑う佐藤くん。
「でもね、その芸能レポーター最後にさぁ言うんだよ。事件の起こる家がわかるって。
虐待とかいろんな事件があるけど、そういうのが起こる家がわかるんだって。嘘だろって聞いてたら…。事件の起こる家っていうのは、外観が荒れてるって。ベランダとか玄関が荷物だらけだったり、網戸が破れてたり…。それってうちもじゃんっ!」
佐藤くんはそこまで早口でしゃべり、小さくため息をついた。
テレビは相変わらず、おかしくも無いのに笑い声だけを響かせていた。




