結婚式
多くの方に読んでいただけたこと、心から感謝いたします。
今回はありがたいことにリクエストを頂きましたので、結婚式の様子を投稿いたしました。
「とてもお綺麗です、お嬢様」
「ありがとう」
大きな鏡の前で微笑むのは純白のドレスを纏った17歳の私。この日のために多くの準備をこなしながら、肌のケアや体型の維持に勤しんできた私は、努力の甲斐もあってか満足のいく花嫁となれていた。
念入りに手入れされた金髪を複雑に結い上げ、バランス良く両親が用意してくれたパールの髪飾りが散りばめられ、うっすら化粧を施し、淡い桃色の紅が白い肌を引き立たせる。
胸元の開いたドレスには繊細なレースがふんだんに使われ、腰から下まではふわりと膨らみながらも流れるようにドレープが使われている。
幼さのある顔から大人へと階段を登ろうとしているエレインによく合うウェディングドレスはお母様とロベルトのお義母様の二人でほとんど決められたものだ。
ロベルトの気持ちがわかったあの日から二年、お父様から正式に婚約者として認められたロベルトは、以前と変わることのない引き篭もり生活を送っていた。一つ変わった事といえば、私の家に三日に一度のペースで通い、領主としての仕事をお父様から学んでいることだろうか。
自分の家でロベルトに会える事が嬉しくて、何度もお父様とロベルトのいる執務室にお茶を持って行き、最後には邪魔だと追い出された。それでも、真面目に取り組むロベルトの姿を見て私は安心した。
結局、剣術の腕が認められ騎士団への入団を勧められたロベルトだが、騎士にはならないと断った。そして王都から離れた自然豊かな私達ハルベルト伯爵家の領地で領主となる事を決めた。お父様のように王都に拠点を起き領地に通うのではなく、領地に住むことにしたのだ。もちろん私もロベルトについていく。
そしてお父様にお墨付きを貰ったロベルトは、今日の結婚式をもってハルベルト伯爵家に婿入りし、明日から私達は領地へと向かうのである。
「お時間です、お嬢様。ベールをつけますね」
「お願い」
まるで壊れ物を扱うような丁寧さでベールをつけた侍女は満足気に頷き微笑んだ。
部屋を出れば一面色とりどりの花々が私を迎える。緑の芝の上には一本の白い石が引きつめられた道があり、その先には花で囲まれた小さな真っ白の教会が聳えていた。
初めて教会を見たときは物語に出てきそうだと感動したけれど、今は見惚れている場合ではない。
ゆっくりと教会へと近づけば、黒の礼服を纏ったお父様が微笑みながら待っていた。私は思わず微笑み返す。
「お父様……」
「エリー、綺麗だ。よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
「幸せにおなり」
「……はい」
お父様にベールを下ろされ、腕を組むと大きな扉が開かれる。その先に待つのは家族や親族、友人、そして真っ白の礼服を纏った私の大好きなロベルトだ。
普段はボサボサの茶色の髪もしっかり整えられ、翠色の瞳を真っ直ぐこちらに向けて微動だにしない彼を見てクスリと小さく笑ってしまう。とても凛々しくかっこいいけれど、やはりいつもの彼の方が安心すると思ってしまう私が可笑しくてしょうがなかったのだ。
それでもお父様の腕から彼の腕へと移れば、それだけで安心してしまうのだから見た目は関係ないのかもしれない。彼が側にいてくれるだけで私は十分なのだ。
式は順調に進んでゆく。ちらっとロベルトを盗み見れば緊張の感じられない、いつもの彼がいる。神に永遠の愛を誓う時は通常運転の彼が返事をするのか心配になったほどだ。
「それでは誓いのキスを」
牧師様に促され向き合う。ゆっくりとベールがロベルトの手で上げられ、その時になって初めて気付いたのだ。ロベルトの手が震えていることに。彼も私と同じで緊張していたのかと思うと、何故だかホッとして肩の力が抜けた。
だから、大丈夫だという気持ちが伝わるように微笑んでみせる。すると彼も少し困ったように眉を下げながら笑った。そして思う、やっと彼のお嫁さんになれたと。
軽く触れるようなキスが落とされる。人前が恥ずかしかったのか、ロベルトらしいキスに再び笑みがこぼれた。
暖かな日差しがステンドグラスから降り注ぎ、真っ白な教会内を美しく彩る。その中をたくさんの祝福を受けながら彼の腕に寄り添い歩く私は、とても幸せだと思えた。
「ねぇ、ロブ。今日の私はどう?」
二年前から私はなんでも彼に聞くようになった。一人で悩んでも解決しないし、聞かなくては教えてくれないとわかったからである。ただあの頃の私達よりも進歩したのは、聞けばロブが答えてくれるようになったことだと思う。
「……綺麗だよ。今のエリーを描きたいほどに」
「ふふふ、ありがとう。そうだ!神様に誓ったけれど、私はロブにも誓うわ」
「……」
「ロブ、貴方をずっと愛し続けるわ」
「……」
教会の扉の前で誓う。幼い頃から愛していたのだもの、私はきっと……ずっとロベルトを愛していられる。貴方に誓うわ、ロベルト。
驚いたように目を見開いたロベルトは何故か周りを確認しだす。その不可解な行動に首を傾げていると、ロベルトはあいている手を私の肩に添えるようにして向き合い、そっと私の額に唇を落とした。そして優しく私を抱きしめ囁いた。
「俺も誓おう。愛しているよ、エリー。これからもずっとだ」
初めてもらった言葉に涙が溢れてくる。私は彼の背中に腕を回し、何度も何度も頷いた。私の喜びが彼に伝わるようにと。
彼と一緒になれてよかった。言葉も少なく、引き篭もりと言われ、皆に敬遠されていた彼だけれど、私だけが知っている。彼の優しさ、真っ直ぐな心、私や家族への愛、命を尊重する想い、全てを私が知っていればいい。
「そんなに泣くな。……まぁ、その顔を描いてもいいか」
「えっ、待って! 嫌よ! 直してくるから待っていて!」
急いで部屋へ戻る私を見ながら、後ろでロベルトが笑っていたなんて私は気づくことはなかった。そして、気配を消してこっそりライセル様が微笑みながら様子を見ていたなんて、私達は全く知らなかった。
あれから私達はハルベルト伯爵領でのんびりと過ごしている。仕事はあるけれど、今でもロベルトは毎日のように庭で絵を描いている。
最近ではロベルトの描いた絵が人気になり、領主兼画家のような気もするが、当の本人は全く気にせず気ままに絵を描き続けているようだ。
「そういえばロブ。結婚式の時に描いてくれた私の絵はどうしたの? 私、完成品見せてもらってないんだけど」
「……」
「ロブ?」
「今度、見せるよ」
「え、今じゃないの?」
「……王都の屋敷に遊びにいった時に」
「なんで王都!? どうゆうことなの……ねぇ、ロブ?」
「……」
結局、何度聞いても答えは返ってこなかった。
理由がわかったのは一年後に王都の屋敷に遊びに行った時となった。
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「もう、あなた……また見ていらっしゃるの?」
「見てごらんよ。何度見ても素晴らしいじゃないか。こんなに美しい花嫁はこの世にいないな」
「まぁ! 親バカですこと。ふふふ……ちゃんとロベルトさんにお礼の手紙を書かなくてはね?」
「そうだな。しかし、エリーは彼にこんな幸せそうな笑顔を向けるのだな」
「えぇ、本当ですわね」
書斎に飾られた絵を見つめながら夫婦は嬉しそうに微笑みあった。




