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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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狐の蝋燭

 鬼灯祭まで一週間を切ったある日。千鶴は桜司の社を訪ねていた。

 千鶴が訊ねてくるときはだいたい半化生の姿を取っており、今日も頭上に白い耳が、そして背後には大きな尻尾が機嫌良く揺れている。ただ、いまは真夏だからか、着物が狩衣から涼しげな夏着物だけとなっている。


「お邪魔します」

「おお、来たな千鶴。こちらへ参れ」


 手招きされるままに近付いていくと、腕を引かれて懐に収納された。

 呼び出しの理由は、千鶴に見せたいものがあるとのことだったが、それが何なのかは聞かされていない。懐に収められたまま顔を見上げると、機嫌の良い双眸が見下ろしていた。


「桜司先輩、見せたいものって何ですか?」

「間もなく鬼灯祭だろう? お主のために夏着物を用意したゆえ、どれが良いか選んでもらおうとな」

「えっ」

「さあさあ、此方だ」


 思わぬ言葉に驚く千鶴を、問答無用で別室へと連れて行く。その部屋にはいくつもの着物が並んでいて、その全てが千鶴のサイズに合った女物だった。


「これは……全部、先輩が?」

「うむ。これまで我が魂を閉じ込めていたせいで、好き嫌いも殆ど感じずに生きて来ただろう。いまならそれも解けて居るゆえ、琴線に触れるものがあるはずだ」


 目の前に並んでいる着物はどれも綺麗で、千鶴は思わず感嘆の息を漏らした。着物の他にも、棚には帯や飾り、草履も並んでいて、ちょっとした呉服屋の風情だ。


「たくさんありますね……何だか赤いものが多いみたいですけど」

「……まあな」


 振り返りながら言うと、桜司は目を逸らして短く呟いた。その目元が、化粧ではない赤みが差しているように見えて、千鶴は一つ思い至った。


「もしかして、先輩の色だからですか」

「わかっているならわざわざ口にするな」


 どうやら正解だったらしい。

 それを踏まえた上で、改めて着物の山に目を戻す。赤と一口に言っても、その色味は様々で、柄や模様も様々だ。当然赤一色ではないため、合わせている色も様々あって、眺めるだけでも楽しくなってくる。


「あ……これ、綺麗ですね」

「うん? どれだ」

「これです」


 一つ目に留めた着物を指して千鶴が答えると、桜司は目を細めて「ふむ」と頷いて、着物を手に取った。

 千鶴が選んだ着物は、微かに赤みがかった黒―――赤墨色に近い地の裾に、鮮やかな緋色の彼岸花が一本だけ咲いたものだった。他にも夏らしく明るい色の花や古典模様の着物がある中で千鶴がこれを選んだことを意外に思いつつ、内心でうれしくもあった。


「意外と渋好みなのだな、お主」

「そうですか? 格好いいと思うんですけど……」


 桜司は手にした着物を広げ、千鶴に合わせてみた。


「羽織ってみよ」

「はい」


 広げたまま言われ、千鶴は上着を脱いで桜司に背を向けると袖を通した。お端折りの分だけ丈が余っているのは仕方ないとして、裾を持ち上げながら前を合わせてみると、彼岸花が一本咲いているだけでなく、袖にも咲いていた。袖のほうは花畑のように複数咲いており、一見簡素に見えてよく見ると華やかな作りをしていた。


「なかなか似合うではないか。気に入ったならそれにするか?」

「はい、これがいいです」


 頷く千鶴の頭を撫で、一度着物を預かると、次は帯の前に千鶴を誘導した。帯の棚も色とりどりではあるが、やはり赤系統が多く見られる。


「彼岸花で揃えるならそこにあるぞ」

「えっ、どれですか?」

「これだ」


 桜司が手にしたのは、白地に銀の糸で刺繍がされた帯だった。よく見れば刺繍は全て炎のように揺らめいた不思議な形の肉球で、裏地には暗い緋色に赤い糸で彼岸花が刺繍されていた。肉球の形は猫ではなく、イヌ科の動物の形をしているように見える。


「どちらを表にしても使える帯でな、折り返して裏を少しだけ見せることも出来るぞ」

「へえ、そういうのもあるんですね……可愛い……」


 千鶴は帯を見ながら、着物の色が暗いから帯が反射板の代わりになりそうだと思ったお洒落に疎い自分を少しだけ恥じた。


「さっきの着物にも合うでしょうか……」

「白も黒も合わせやすいゆえ、問題なかろう。どちらも差し色は同じ紅だしな」

「じゃあ、これにします」


 着物と帯が決まり、続いて案内されたのは草履と足袋がある棚だった。着物ほど数はないが、それでもどの着物を選んでも合わせられるよう種類が豊富に揃っている。


「あ、これ……」

「気付いたか」

「はい」


 千鶴が目を止めたのは、足を置く天が赤く巻の部分が黒い草履だった。澄んだ朱色のプラスチックの中に彼岸花が描かれていて、黒い巻部分は木目加工がされている。底が高めに出来ているわりに、軽い素材で構成されているらしく、手に持っても然程重さを感じない。

 鼻緒は白と赤の二色で、どちらも肉球の刺繍がされている。


「帯とお揃いで可愛いですね。先輩、これにしたいです」

「ならばもう、足袋もそれで揃えるか」

「えっ、あるんですか?」

「ほれ」


 既に用意していたらしく、桜司は白い足袋を差し出した。滑り止めが小さな肉球型になっていて、足の甲に狐のシルエットが刺繍されている。


「本当だ……桜司先輩みたいで可愛いです」

「む……そうか」


 可愛いという評価は複雑だが、千鶴がうれしそうにしているので文句を言うわけにもいかず、桜司は小さく唸ったのちに千鶴の頭を撫でた。


「小物を選んだら暫し休憩にしような」

「はい。……もしかして帯留にもあるんでしょうか?」

「ああ、此方だ」


 桜司に案内された棚には、扇子や髪飾などの小物が並んでいた。夜空に月と彼岸花が描かれた扇子、炎の形をした肉球が描かれた帯留と緋色の帯締め、そして赤と白二色の縮緬を使って作られた髪飾を手に取り、千鶴に見せた。


「彼岸花以外にも、こうして一式揃うものがいくつかあるが、これで良いか?」

「はい。特にこの帯留、すごく可愛いので」

「ふむ。ならばこれで決定とするか」


 選んだ一式を別に纏めて置くと、桜司は一つ伸びをしてから長椅子に腰掛けて千鶴を手招いた。誘われるまま側に寄っていった千鶴を抱きしめ、膝に座らせる。


「千鶴は動物が好きだな。我にくっつきに来るのも神獣の姿のときが多いであろう」

「え、そ、そうでしたか……?」

「うむ」


 桜司の神獣の姿は巨大な白い九尾狐だ。象よりも大きいその姿は、千鶴が目一杯腕を広げても到底抱きしめられるものではなく、最早毛並みに埋もれるも同然となる。だが千鶴はその状態でとろけるような笑みを浮かべてしあわせそうにするので、桜司は時折神獣となって千鶴を癒しているのだ。

 改めて思い返してみれば、呼ばれて側に行くことが多い人型や半化生のときと比べて神獣のときは呼ばれる前に飛び込んでいる気がした。


「……だって先輩、すごくふかふかで気持ちいいから、つい呼ばれてしまって……」

「悪いとは言って居らぬ。あの姿だとお主はいつも以上に安眠出来るようだしな」


 振り向きかけた千鶴の頬に桜司の頬が触れ、そのまますり寄ってくる。子猫のような甘え方に和んでいると、首筋に唇が触れた。


「あったかくてふわふわな先輩はもちろんですけど、こうして抱きしめてくれる先輩も大好きですよ」

「……知っている」


 春の香りに包まれながら、ゆったりと過ごすこの時間が千鶴は大好きだった。

 間もなく百年祭が始まる。初めての祭に、初めて大切なひとと過ごす夏。たくさんの初めてが待ち受けているこれからに一つも不安がないのは、傍らに寄り添うぬくもりのお陰だと、千鶴は確信していた。

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