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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【愛ノ幕】結びの春

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月に鶴

 炎天下の渡り廊下を抜けて講堂に入ると、中は僅かながら空調が効いていた。学年とクラスで分けられた席に座り、開会を待つ。

 開会の挨拶から順に、厳かに式典は進んで行く。羽目を外しすぎないようにといったお約束の注意も、恐らくここを出た瞬間に霧散することだろう。教員たちもそれを理解した上で言わなければならないのだ。今年の鬼灯祭は、百年祭も兼ねており、これまで以上に盛大な祭になるという。それを踏まえての注意だった。


「これで、終業式を終わります」


 最後の挨拶が終わって空気が僅かに緩んだとき、千鶴の手になにかが握らされた。


「……?」

「先輩から」


 千鶴のほうを見向きもせずに、隣に座っていた生徒が渡してきたそのメモ切れには、女子生徒のものと思われる小さな字で「放課後、校舎裏に来て」とだけ書かれていた。あからさまによろしくない用だとわかる手紙だが、だからといって行かなければどこで不意打ちされるかわかったものではない。

 メモを丸めてポケットに入れると、千鶴も流れ出した列に乗って外に出た。


 最後のHRが終わり、教室を出て呼び出された場所へ向かう。そこには、既に四人の女子生徒が待ち構えていて、壁際に千鶴を追い詰めるや、怒りと嫌悪を剥き出しにした表情で鋭く睨みつけた。そのうちの一人は女子高生アイドルの肩書きで売り出している生徒で、彼女らの中でも抜きん出て洗練されている。

 決して、他の三人の見た目が普通以下というわけではない。敢えて言うならこの場で一番冴えない容姿をしているのは千鶴だろう。それは、千鶴自身が一番理解している。彼女らもそれをわかっているからこそ赦せないのだと言うことも。

 校舎裏は、体育館や部活棟へ行くルートからも外れているため、意外と人が来ない。電柱に鴉や雀が止まっているくらいで、人の気配は余所余所しいほどに遠く感じる。


「―――何とか言ったらどうなの!?」

「どんな手を使ったんだって聞いてんの。アンタ、鏡見たことある? 身の程って言葉知らない?」

「白狐くんがこんな冴えないブス本気で相手にするわけないじゃん。なに? 同情でも誘った? 一生処女でババアになりそうだから、一晩売らせてくださーいみたいな? で、一回いくらで売ったの?」

「コイツじゃ十万でも安いって」


 クスクスと顔を見合わせて笑っていたかと思うと、そのままの表情で千鶴の肩を壁に叩きつけた。

 なにを言っても納得はしないだろうし、聞く耳も持たれないだろうことはこれまでの経験から嫌というほど理解している。彼女らは結局、惨めに泣きながら赦しを請うのを眺め、気が済むまでいたぶりたいだけなのだから。

 ならばと千鶴も、諦めて大人しくするのをやめることにした。


「……先輩は」

「はあ?」

「桜司先輩は、そんな安いひとじゃないです」


 真っ直ぐに主犯らしき女子生徒を見据えながら言うと、彼女はカッと顔を赤くして、手を振り上げた。その手は迷いなく千鶴の左頬を打ち据え、乾いた音が校舎裏にこだました。


「あっ……アンタなんかが気安く呼んでいい相手じゃないっ!! 身の程を弁えろって言ったでしょ!? それとも、脳みそ腐りすぎてそんな簡単なことも理解出来ないってわけ!?」

「ああそう! そうやっていい子ぶって媚び売ったってことね!」


 名前を呼ぶよう言ったのがその本人だと知ったらどう思うのだろうかと過ぎったが、火に油を注ぐ趣味はないのでそこは堪えて。代わりに千鶴は、違うことを口にした。


「先輩はそんなひとじゃないです」

「うるさいっ! 口答えするな!!」


 いずれにせよ火に油で、アイドルらしい顔立ちを怒りに歪めながら、持っていた鞄を振り上げたときだった。


「楽しそうなことしてんじゃん?」

「……っ!?」


 反射的に手が止まり、勢いの緩んだ鞄が千鶴の頭に当たる。その重量はいったい中になにが入っているのかと恐ろしくなるほどで、あのまま思い切り当たっていたら気絶は免れなかっただろうと思う。

 声がしたほうを四人と千鶴が見ると、そこにいたのは柳雨と伊月だった。


「千鶴」

「っ、は、はい」


 名を呼ばれ、ハッとなって四人のあいだをすり抜けると伊月のほうへと駆け寄った。四人組は一瞬千鶴を睨むも、柳雨と伊月がいることを改めて認識するや、気まずそうな表情になり黙り込んでしまった。


「……痛むか」


 赤くなっている頬を優しく撫でながら、伊月は眉を寄せて呟く。

 千鶴を殴った女子生徒の本命は桜司だが、伊月も彼女らにとっては自分の彼氏として並ぶに相応しいと思っている人物であり、にも拘わらず、自分たちに全く靡かなかった相手でもあった。そんな相手が、地味なブスだと見下している下級生の肩を抱き寄せ、気遣わしげに頬を撫でている。

 主犯の少女は目の前の光景が信じられなくて、奥歯を噛みしめた。


「少し……でも、へいきです。言われたことに比べたら、これくらい……」


 思い出すだけで涙が滲んでくる。大切な人を貶されることがこれほど悔しいのかと、嫌になるほど痛感していた。もっと気の利いたことをはっきり言えたら良かったのにと今更になって後悔が押し寄せてくる。

 そんな千鶴を抱き寄せて背中を撫で、伊月は四人組を冷たい目で一瞥する。それからなにを言うこともなく千鶴を伴って彼女らに背を向け、無言で歩き出した。

 柳雨も二人に続いて一度背を向けるが、ふと彼女らを振り返り、


「二度と俺たちに関わるな。……千鶴にもだぜ」


 心臓が凍り付くような眼差しと声でそう言うと、今度こそ校舎裏から立ち去った。

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