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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【哀ノ幕】初めてのお出かけ

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白妙菊

【シロタエギク】

あなたを支えます。

 昼食のあともあちこち見て回って、外に出たときには既に街は黄昏に染まっていた。鴉の鳴く声と午後五時を告げる鐘の音が不揃いな輪唱を街に響かせる中、千鶴は三人に家まで送り届けられた。


「今日は本当にありがとうございました。青龍先輩には荷物まで持ってもらって……」

「構わない」


 服も昼食も、結局千鶴は支払いをさせてもらえなかった。

 桐斗はプレゼントだと言ってくれたので、遠慮しすぎるのも失礼だからとありがたく頂戴したのだが、昼食に至っては全くそのつもりがなかったのに柳雨が「そうだっけ? まあ、今更もらうのもだし気にすんな」と言って受け取らなかったのだ。


 昼食のあと立ち寄ったゲームセンターでは、桐斗と柳雨が対戦するのを伊月と眺めていたところ、他校の女子高生二人組が千鶴の存在を綺麗に無視して伊月に声をかけるという、切ないイベントに遭遇した。だが午前中に遭った出来事と違ったのは、彼女らが千鶴を一瞥して「さっきからいるけどなに? 邪魔なんだけど」と言ったとき、伊月が千鶴の肩を抱き寄せて無言で二人組を睨み付けたこと。

 そのときにも、あの冷たく凛とした、どこまでも透明な水の匂いがした。


「んじゃ、オレらも帰りますかね」

「うん、また月曜日にだねー」


 桐斗と柳雨が連れ立って賑やかに帰っていくのを、手を振って見送る。夕暮れの街に二人の姿が溶けて消えた頃、千鶴は未だ傍らに立つ伊月を見上げた。


「青龍先輩?」


 なにか気になることでもあるのかと名前を呼んだ千鶴に、鋭い視線が降り注ぐ。まだ彼をろくに知らなかった頃なら怯えていただろうが、いまは違う。表情が動かない分、深い水底のような瞳が雄弁に語ってくれる。

 いまの伊月は、言いたいことがあるのに言葉にならない状態だとわかり、千鶴はただなにも言わずにじっと待った。


「……買った」

「えっ」


 暫く待っていると、伊月はポケットから、手のひらサイズ程度の紙袋を差し出した。紙袋には見たことのない店のロゴが描かれており、薄さは一センチもない。

 そして伊月は、それを千鶴の眼前に差し出したまま動かない。つまり受け取れということだろうかと、伊月と手の上の袋を往復して見てから、そろりと手に取った。


「やる」

「え、あ、ありがとう、ございます……??」


 受け取った千鶴を、伊月はまだじっと見つめている。


(開けたほうがいいのかな……?)


 彼の目に映る期待と不安を読み取った千鶴は、物言いたげな視線を頭から浴びながら開封した。


「わ……! これ、ペンダントですか……? 可愛い……」


 中身は緋色の石がついた小さなペンダントだった。

 服や鞄などは買ってもらったが、アクセサリーの類はまだ気恥ずかしくて選ぶことが出来なかった。桐斗も無理強いせず追々好きなのが出来たらと言ってくれたので千鶴もそのつもりでいたのだが、まさか伊月から贈られるとは思わず、見入ってしまった。


「つけてやる」

「は、はい……」


 ペンダントを渡すと、伊月が屈んで千鶴の肩から項を覗き込む格好になった。長身で滅多に近くならない顔が間近に迫っている上、時折吐息が首筋に掠めるのを感じる。

 冷たかった細い鎖が体の熱で体温と同じ温度になって暫く経った頃、伊月が離れた。


「俺が……」


 改めてお礼を言おうとしたとき、伊月がなにかを言いかけた。なにか伝えようとするとき熟考する癖があると最近の会話で何となく察した千鶴は、決して急かさないよう、黙って続きを待った。


「……傍にいないとき、それが護りになる」


 そう言って、伊月はペンダントトップを指先で掬うと身を屈めて唇を寄せた。まるで祈りのようなその仕草に魅入っていると、至近距離で視線がぶつかった。


「……!」

「常に、つけていろ」

「っ、はい……ありがとうございます……」


 不器用な手つきで頭を撫でると、伊月も帰っていった。


「…………結局、先輩たち皆から色々もらってしまった……」


 家に入り、一度部屋に荷物を置いてから、再び玄関へ向かう。行き先は白蛇の祠だ。いつものように掃除をして水を入れ替え、しゃがんで手を合わせる。


「先生、今日は先輩たちが買い物に連れて行ってくれました。わたしが白狐先輩のこと気にしてるのを気遣ってくれたんです。……わたし、いつの間にか先輩や先生と過ごす時間が当たり前になってて……一人でも欠けると寂しいと思うようになっていたみたいなんです」


 一日が楽しければ楽しいほど、終わったあとが寂しくなる。

 こんな気持ちになったことはいままで一度としてなく、毎日を単純作業のようにただ淡々とこなすだけだった日々が遠い過去のようだ。このまま周りにいる人が嫌悪以外の感情を向けてくるこの生活が当たり前になってしまったら、元の独りの生活に戻れなくなるのではと不安になる。


「わたし、こんなにしあわせでいいんでしょうか……決して赦されてはいけないのに、最近、うれしいとか寂しいとか、少しずつですが感じるようになってしまって……」


 赦されてはいけない。

 廃れ神の元でも感じた、強い自責の念がじっと胸に蹲っている。この罪悪感の原因がいったいどこから来るのかわからないまま、身を刻むような想いだけが増していく。


「……ごめんなさい」


 首を振り、昏いほうへと落ちていく思考をどうにか踏み留まらせて顔を上げた。


「……えっと、先生と生徒じゃ難しいかも知れませんけど、いつか、先生ともお出かけしてみたいです。それじゃ、おやすみなさい」


 そう言って立ち上がり、玄関の戸締まりをして部屋へ戻った。

 一日の疲れを洗い流し、夕食は簡単に済ませて早めに床につく。首には言われた通りペンダントをつけたままで、ぼんやりと天井を見上げた。


「わたしにもなにか、返せるものはあるのかな……」 


 怪異から守ってもらって、日常でも気遣ってもらって。なにもかももらうばかりで、返せるものが思いつかない。彼らの優しさに見合うだけのものがないだろうかと思いを巡らせるが、哀しいかななにも思い浮かばなかった。

 思考がぐるぐると巡るうち、徐々に瞼が重くなっていく。


「白狐先輩……ごめんなさい、わたしのせいで……」


 寝入り端の呟きは、誰にも届くことなく静かな部屋に消え、夜の帳が下りる。一日の幕がゆっくりと閉じていく。


「……まさか、彼奴がここまでするとはな」


 眠る千鶴の胸元に輝く石を見下ろす、月色の双眸。

 望月が三日月に細められ、そして新月へと変わり、最後にひとひらの花弁を残して、一人きりのカーテンコールが終わりを告げた。

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