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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【肆ノ幕】鎮魂のドールハウス

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遠い記憶のその向こう

 真莉愛を英玲奈に任せて先に帰らせ、千鶴と柳雨は、監視も兼ねて資料館に残った。人形は穴のあいた腹部や割れた手足のひび割れから黒い澱みを吹き上がらせ、ひたすら怨嗟を込めて真莉愛の名を呼び続けている。


「どうして……どうしてまたわたしを置いていくの……? わたしはあなたの家族ではなかったの……? ずっと一緒だと言ってくれたのは嘘だったの……? ねえ真莉愛、答えて……答えてよ……」


 千鶴は真莉愛の過去を知らない。過去どころか、いまの学校外での彼女も知らない。少女人形の言う火事が本当にあったのかも、そのとき真莉愛が彼女を見捨てて自分だけ逃げたのかどうかも、なにも知らない千鶴には判断が出来ない。ただ、真莉愛が本当に我が身可愛さに人形を見捨てるとはどうしても思えなかった。そして、ずっと一緒だと約束した『家族』を失った哀しい出来事を、なかったことにするとも思えなかった。

 この場にあるなにもかもを映していない、虚ろにあの日を見つめ続ける蒼い目からは黒い涙が零れ、彼女の赤いドレスを黒く染めていく。


「あなたが……」


 不意に、少女人形の瞳が千鶴を捕えた。


「あなたが、わたしから真莉愛を奪ったの……? その穢れた魂……災いを引き寄せる罪に塗れた魂……それがあるせいでたくさんのものが不幸になっているのに、あなたはへいきで護られているのね……わたしの家族を奪ったのもあなたなのね」


 少女人形は論理破綻していることも気付かない様子で、千鶴を責め立て始めた。その言葉は筋が通っているようで通っておらず、前後がちぐはぐなのに全ての責任が千鶴にあるかのように思わせる強い憎悪の力を帯びていた。


「わたしが……?」

「そうよ。あなたのせいで、わたしだけじゃなくて真莉愛も皆も不幸になっているの。あなたが生きているせいで、あなたを護らないといけないひとたちがいるの。あなたが生きているせいで、あなたのせいで皆不幸になっているのよ。ねえ、思い当たることがあるのではないかしら」


 千鶴が反応したことを喜ぶかの如くに可笑しそうに笑う声が、遠くに聞こえる。頭を強く殴られたような衝撃がして、千鶴は呆然と立ち尽くした。


「チッ……言い残すことはそれだけかよ」


 低く唸りながら柳雨がうちわを構えると、その手を背後から掴む手があった。


「柳雨」

「……おう……まさか本当に来てくれるとはな」


 伊月も既に半化生の姿となっており、腰に細い銀色の剣を下げている。

 柳雨が力を抜くと、伊月も掴む手を離した。溜息を吐きつつ、伊月は足を投げ出して壁に凭れた格好で座り込んでいる少女人形に目をやる。


「分析」

「……核はシェリーとかいう人形。あの形の元になったヤツだな。だがあれを構成しているものは無数にある。それこそ、街中の『忘れられた玩具たち』全部だ。なんでまたいまになって出てきたのかは知らねえが、正直言って全部を救うのは難しいぜ」


 うちわで口元を隠して伏し目で少女人形を見下ろしながら柳雨が言うと、伊月はまた一つ溜息を吐いて千鶴の肩を引き寄せた。


「っ……!」


 ハッと我に返り、千鶴はそろりと伊月の顔を見上げた。相変わらず読めない表情で、無感情に千鶴を見下ろしている。


「戯れ言を聞くな」

「青龍先輩……でも……」


 鋭い無言の圧力が真上からのし掛かり、零れかけた言葉が詰まる。行き場をなくして呼吸ごと飲み込んだ想いは昇華できないまま胸で渦巻き、不安となって重く居座った。

 千鶴の肩を押して柳雨に預けると、伊月は腰の剣を抜きながら少女人形の前へと歩み寄っていく。伊月が近付くにつれ、それまで笑っていたのが一変して恐怖を張り付けた表情になり、大きく見開いた目で伊月を見上げた。


「いや……こないで……!」


 空洞であるはずの人形の体内は、黒い澱みで埋め尽くされている。どれほど溢れても尽きないそれは、彼女たちが感じた寂しさの証だ。冷たく輝く剣が、怯える少女人形の頭上に振り上げられる。


「おチビちゃんは見ないほうがいいぜ」


 一連の動きから目をそらせずにいる千鶴の眼前に、柳雨のうちわが翳された。


「ひっ……! いや、あぁあああっ!!」


 悲痛な叫びが、室内にこだまする。千鶴は思わず目を瞑り、柳雨の胸に縋った。体が震えて止まらない。彼女の言葉が、悲鳴が、嘆きが頭の中で反響して、千鶴はどうにかなりそうだった。

 剣を突き刺した箇所から、火柱のように影が吹き上がる。それはまるで、炎の如くに天井を舐めるようにして焦がし、そして、勢いが止むのと同時にバラバラと無数の古く壊れた玩具が部屋中に降り注いだ。

 爪先になにかが当たる感触がして、千鶴は恐る恐る目を開けた。


「この子は……」


 千鶴の足下にも一つ、人形が落ちていた。

 胸が締め付けられる想いになりながら、人形を拾い上げる。それはくすんだピンクのドレスを着た、金髪に蒼い目をした少女の人形だった。ところどころ焼け焦げていて、白く綺麗だったであろう肌も煤とひび割れで見る影もない。


「あの……青龍先輩、この子はもう、あんなふうに真莉愛ちゃんを攫ったりはしないんですか?」


 伊月は黙って頷き、剣を収めた。


「一先ず影は払った。持って帰ってやっても何の害もないぜ。ただ、今後のお姫ちゃん次第なところもあるけどな」


 無口な彼に変わって、柳雨が千鶴の頭を撫でて説明する。


「その人形が火事で焼失したのも、あの子だけ助かったのも本当だ。物は嘘をつかないからな。だがあの子は人形を見捨てたわけじゃねえ。一酸化炭素中毒で意識がなかったところを助け出されたから、人形を抱く力がなかったんだ。救助した人もそこまで気が回らなかっただけでわざとじゃねえし……巡り合わせが悪かっただけなんだよな」

「それでも、この子からしたら置いて行かれたのと同じだったから……」


 やるせない思いを拭う代わりに人形の頬を指で拭うと、煤汚れの下から真珠のような肌が覗く。


「真莉愛ちゃんにはつらい想いをさせてしまうかも知れませんけど、誤解したままじゃお互い哀しいですし、返しに行きます。そのあとどうするかは、真莉愛ちゃんに任せるしかないですけど……」


 そう言って人形を抱き直す千鶴の頭を、柳雨が少し雑に撫でる。見上げると、緋色の瞳が千鶴を真っ直ぐに見つめていた。


「戻るぞ」

「うぃっす」

「わあ!?」


 突然柳雨に抱え上げられ、千鶴は思わず叫んでしまった。だが柳雨は、お構いなしに千鶴を抱えた状態でスタスタと部屋をあとにする。

 全ては、彼が齎した暴風による室内の惨状を見せないために。古い玩具と共に廃墟の奥に取り残された少年少女たちは、人知れず朽ちた世界に囚われていた。

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