逝く先五つ
鬼灯小の児童が歩道橋から飛び降りた事件は、鬼灯高校にも伝わっていた。登校中にその瞬間を目撃したのは千鶴と真莉愛だけだったようだが、警察車両が集まって作業をしている様子を見た者が多く、事件から一日経ったいまでもその話題を口にする生徒が絶えない。そこから派生し、小学校で流行しているカミサマポストの噂が高校にも流れ始めた。
放課後、帰り支度をしながら、千鶴は真莉愛と伊織に話しかけた。
「カミサマポストの話、高校でも流行るようになってきたね」
「そうですね……小学校に侵入してまで試す人はいないでしょうけれど……」
「真莉愛みたいに弟妹がいるヤツは、代理で頼んだりするかもな」
そんな話をしていたら、まさにそれを実行しようかと話す声が耳に飛び込んできた。彼らの多くは本気で願いを叶えたいわけではなく、市販のおまじないや占いを仲間内で試す感覚で遊び、共通の話題を作れればそれで満足なのだ。現に願いの内容も他愛ないものばかりで、真剣に綴っている者はいない。弟妹がいない生徒は、いる友人に渡してもらえるよう頼んでいる。
「じゃ、俺部活だから」
「うん、がんばって……って、そういえば伊織くんの部活って?」
「今更か」
噂で盛り上がるクラスメイトたちを余所に、伊織はマイペースに支度を終えて部活へ向かおうとする。見送ろうとして訊ねた千鶴に、伊織は苦笑を返して足を止めた。
「弓道部。今度、暇なときにでも見に来いよ」
「えっすご……! 見学していいなら、今度行くね」
「おう。じゃあな」
今度こそ見送ると、真莉愛も鞄を肩に提げて立ち上がった。
「今日は小学校へお迎えに行かなければならないので、まりあも帰りますね」
「あ、そっか。小学生は送り迎えが必要なんだっけ」
「はい。千鶴は先輩たちのところですか?」
「うん。だから大丈夫だよ」
二人は揃って昇降口まで来ると、千鶴は部活棟、真莉愛はそのまま外へと向かうべく手を振って別れた。
「あれは……?」
真莉愛が小学校の正門まで来ると、なにやら校舎のほうが騒がしいことに気付いた。校舎の正面に人だかりが出来ており、その視線は揃って上を向いている。視線の先は、校舎の屋上。そして、いままさに飛び降りようとしている一人の女子児童がいる。
「高橋さんやめて!」
「自殺なんてしないで!」
児童たちが叫ぶ声がする。体育館のほうで教師が声を張り上げているのが聞こえた。どうやら、大型のマットレスを持ってこようとしているようだ。そんな中、昇降口から英玲奈が出てきて真莉愛の元へ歩み寄ってきた。
「姉さん」
「えれな、あの子は……」
「わたしには無理です。それに、ある意味自業自得ですし」
英玲奈が温度のない声でそう言った瞬間、複数の悲鳴が上がった。直後、重いものが落ちる音がして、更に悲鳴が重なる。教員が泣き叫ぶ児童たちを帰そうと必死に訴える声や、パニックになってマットレスを途中まで引きずってきていた教員に、泣きながら遅いと訴える児童の声が校庭中に響き渡る。
そんな混乱の渦を、真莉愛たちとは別の場所から離れて眺める人影があった。
「南風里さん……」
英玲奈が名を呟くと、ビクリと肩を跳ね上がらせた。南風里と呼ばれた少女は小さく震えながら、じりじりと後退ると、怯えた表情を張り付けたまま駆け去っていった。
英玲奈も無関係の聴取や騒ぎに巻き込まれるのは御免だと、真莉愛を急かして学校をあとにした。
「先ほどの子が、いま、願いを叶えてもらっている子です」
「はえざとさん、という子ですか」
「ええ。わたしは詳しく知らなかったのですが、どうやら先ほど飛び降りた子と先日の飛び降りの子、そしてもう一人佐藤さんという子にいじめられていたようです。恐らくいじめそのものか、いじめる人がいなくなくなるよう願ったんじゃないでしょうか」
「……願いは、叶っていますね……」
哀しげに目を伏せる真莉愛を見上げ、英玲奈はそっと嘆息した。
「姉さんは、千鶴お姉さんの心配でもしたらどうです」
「千鶴の……?」
「あの朝だけでなく、以前も事故を目撃したのでしょう? 姉さんの持つ回避能力でも避けきれないほどの強い特異点です。実害がなくても心を痛める可能性はありますよ。……わたしみたいに、慣れている人ではないのですから」
「えれな……」
英玲奈も真莉愛も気付いていた。屋上から飛び降りようとしていた、高橋梨紗という児童は、なにかに引きずられるようにして縁へと近付いていたことに。そしてその力に抗おうとフェンスにギリギリまで後ろ手にしがみついていたことに。なにより、彼女の体に無数の黒い手が群がり、引きずり落とそうとしていたことに。
気付いていたが、なにもしなかった。出来なかった。




