陽だまり
午後、南の棟の中庭を三人は物陰からこっそり眺めていた。
エミオンの兄クアン、ゼクスの側近ダン、エミオンの侍女チャチャである。
視線の先にいるのはゼクスとエミオン、それに王犬のバリィだ。
小さな庭園に悠然と聳えるカゼッタの大樹に吊るされたブランコにエミオンが腰かけ、ゼクスはその背後に立って穏やかに談笑している。全身真っ黒い毛のバリィは元気にはしゃいで、土の上を跳ねまわっている。
エミオンの膝の上には木の細工のバスケットがあり、エミオンは中から紙に包まれたクッキーを取り出してゼクスに差し出した。
「これは?」
「塩入りクッキーです。ずいぶん前ですけど、作って差し上げると約束していましたでしょ」
「……覚えていたのか」
「いいえ、きれいさっぱり忘れていました。でも、最近になって思い出したんです」
ゼクスは悪びれないエミオンの額をツン、と指で小突いた。
「それでも……思い出してくれて嬉しい。さっそくいただいてもよいだろうか」
「はい。どうぞ、召し上がれ」
ゼクスは美しく焼き上がったクッキーを一枚指で口に押し込んだ。
「……まずい」
「えっ。まずい!?」
「いや、冗談だ」
「ひどい! 本気で焦ったわ!」
「す、すまない。その、あなたがあんまりじっと見るから……ついからかいたくなって……おいしいよ。とても上手だ」
エミオンが拗ねたふりをして、ゼクスを軽く睨む。
「……お世辞は結構です」
「世辞じゃない。あなたが私のために作ってくれたものがまずいはずないじゃないか。……おいしくて、嬉しい。あなたが傍にいるから、余計に嬉しい
……」
ゼクスがニコッと笑うとエミオンは眼に見えて動揺し、カアッと赤くなりながら言った。
「……そ、そんなこと言われたら、もう怒れないじゃない」
「怒らないで笑ってくれ……私はあなたの笑顔が好きなんだ」
「……こう?」
「そうだ。かわいい……あなたはなんてきれいなんだろう」
「またそんなに褒めて……」
「本当のことだから仕方ない……少しだけ触れてもいいだろうか?」
「……だから、許可なんて取らないでくださいってば」
ゼクスは眼を細め、おずおずとした手つきでエミオンの頬を撫でた。
エミオンはくすぐったそうに身じろぎして、うっとりとした声で訊いた。
「……クッキー、たくさん焼きましたけど、もっと召しあがる?」
さすがに会話までは聞き取れなかったが、見るからに仲良しバカップルの様子だ。
クアンは呆れかえって呟いた。
「……なんだあれは。ままごとか?」
ダンは大仰に肩をそびやかした。
「会話が成立している分だけ以前に比べれば格段にましですよ」
「あれで? 色気もなにもあったものじゃないぞ」
「色っぽい空気作りはまだ無理ですよ。それでも自分の妻を陰から盗み見するような真似はたまにしかしなくなりましたから」
「たまにしているのか?」
「ええ、たまに」
顔を見合わせる。
「……」
「……」
クアンとダンは同時にやるせない溜め息を吐いた。
この場を取りなすようにチャチャが努めて明るい声を紡いだ。
「でも最近ではお嬢様と殿下もだいぶ夫婦らしくなっておいでですし、なによりお二方共、とてもお幸せそうですわ」
陽だまりの中で笑う二人は本当に幸福そうで、互いしか見えていない熱愛ぶりだ。
なんだか急にばかばかしくなって、クアンとダンは同時に踵を返した。
「馬に蹴られてもなんだし、お邪魔虫は消えるか」
「俺の部屋にいい酒がありますよ。ちょっと寄って行かれませんか」
チャチャは二人に続いて立ち去ろうとしたものの、一旦足を止め、振り返った。
「――初恋も叶うことがあるのですね」
よかったですね、お嬢様。
背を向けたチャチャの耳に風に乗って賑やかな笑い声とバリィの吠え声が届いた。
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