25 エミオン・夜会にて・5
そんなことあるはずないのに――。
だけどゼクスの言い分を聞いていると、まるで告白されているような気がする。
まさか。
でも……?
混乱したままエミオンがおずおずと訊ねたところ、ゼクスは途端に無表情になった。
その顔を見て、エミオンの気持ちは一気に萎む。
やはり勘違いだったのだ。
ばかなことを訊いてしまった、とすぐに後悔する。
非常に長い沈黙のあと、ゼクスは肩を所在なげに落として深い溜め息をついた。
「……それを聞いてどうする……?」
疲れ切った声でゼクスは言った。
「あなたが私の気持ちを知ったところで、不愉快な思いをするだけだ」
物憂い口調の中に諦めが色濃く滲んでいる。
エミオンはゼクスを見つめた。
長身で痩せぎす、若さを欠いた哀愁の漂う雰囲気を纏っている。
いつもどこか暗く、寂しげで。
いったい、いつから?
エミオンは無意識のうちにやや前屈みになり、伸ばした指でゼクスの額にこぼれた黒髪を梳いて、彼の形のいい耳にかける。
――初めて会ったときは、キラキラしていた。
いきなり「ドブス!」と罵られた、忘れもしない初対面。
子供らしく、事実子供だったのだけれど、ゼクスの黒い双眸は夜空に瞬く星のように屈託なく輝いていた。ゼクスの明るく嬉しそうな無邪気な顔と、周囲のぎょっと緊張した空気のギャップが激しくて、ひどく戸惑ったものだ。
幼すぎて、ぶつけられた言葉の意味もわからなかった。
教えられたときには、その子のことを嫌いになっていた。
だけど少なくとも最初からこんな鬱々とした眼だったわけじゃない。
誰かが、ゼクスを変えた。
こんなにも思い詰めた眼をさせるほど、彼を恋に狂わせた。
彼を、恋に、狂わせ、た……。
激しく胸が痛む。
身の焼けるような嫉妬を覚える。
本当にどうして、ゼクスの想い人が自分ではないのだろう。
なぜ初対面にも関わらず「ブス」などと罵倒されるほど、ゼクスに嫌われていたのか。
そんな具合にぼんやりと過去に思いを馳せ、物思いに耽っていたエミオンの耳に、不意にゼクスのポツリとした呟きが届いた。
「エミー……」
「え?」
「っ。す、すまない!」
焦って身を退いたゼクスは顔を横に背け、手の甲で口元を押さえた。羞恥のためだろうか、少し頬が赤い。
エミオンも我に返り、いつのまにかゼクスに身体を寄せていたことに気づいた。指にサラサラしたゼクスの髪の感触が残っている。
「あ……」
自分で自分の行為にびっくりした。
エミオンはもう片方の手で右手を覆い、胸に押しつける。指が熱い。今更ながら、ドキドキしてきた。
「……」
「……」
木々の枝が風にしなり、さわさわと音を立てる。噴水の絶えまない水音と遠くから聴こえる舞踏会の音楽が二人の間の沈黙を優しいものにしていた。
「あの」
「なんだ」
エミオンはゼクスを見ずに口を利いた。
「いま、エミーって呼びました?」
ゼクスがピクリと震える気配がした。
「……呼んだ。口が滑った。すまない」
「いえ、久しぶりにそう呼ばれました」
「そ、そうか」
「はい」
また会話が途切れる。
「……」
「……」
今度はゼクスが意を決したように勢い込んで言った。
「エミオン姫」
「はい?」
「ずっと以前から、言おうと思っていたことがあるのだ。聞いてくれるか」
声が緊張のため掠れている。
エミオンは手を振り、ちょっと待って、という動作をして気を落ちつけようと思った。
ゼクスも話を切り出されるより、切り出そうと腹を決めたのだろう。
アギルの言葉が真実ならば、ゼクスは道ならぬ恋をしているに違いない。
自分というかりそめの妻を隠れ蓑に、叶わぬ想いに身を焦がし、ただ一途な恋をしている。
その相手が、誰なのか。
知りたい。知りたくない。
もう何度も自問自答して、繰り返し、繰り返し、繰り返し、悩んできた。
ゼクスが言い出してくれないのなら、こちらから問い質そうと思っていた。
でもいざとなると勇気がなくて挫けていた。
だけど、もう限界だ。
聞くしかない。
知るしかない。
結局のところ、逃げても苦しみが長引くだけで、なんの問題の解決にもならないのだから。
エミオンは唾を飲み、グッと拳を握ってゼクスを振り返る。
ゼクスもエミオンに劣らず、厳しい表情をしていた。
ゼクスの思い詰めた漆黒の瞳には、エミオンが映っている。
「聞いてくれるか」
「聞かせてください」
エミオンが応じるとゼクスは頷いて、ゆっくりと唇を動かした。




