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受難の恋  作者: 安芸
第二章 すれ違う日々
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16 ゼクス ・慰めたい

     

「そなたたちは下がっていい。あとは私がいる」


 ゼクスはエミオンが部屋に戻ると待機していた女騎士二人にそう命じた。

 女騎士たちは顔を見合わせ、きっぱりと異を唱えた。


「お言葉ですが、殿下に扉番などさせられません。これは私どもの務めです」

「お見受けしたところ非常にお疲れのご様子です。どうぞお部屋でお休みを、殿下」


 だがゼクスは聴く耳を持たなかった。女騎士たちに退けるよう手ぶりすると、扉に背を預ける。


「……」


 無言で佇む。

 少しの間ためらい、女騎士たちは一礼して去った。おそらくゼクスの眼の届かないところで待機し、不測の事態に備えるつもりだろう。

 一人になり、ゼクスは考えた。

 今日のエミオンは普段とは様子が違っていた。ゼクスの執務室を訪ねてきたことにも驚かされたが、なにより途中から表情に陰りが見えはじめ、しまいには涙を流していた。

 それも自分では泣いていることに気がつかないようで、「なんでもない」と言いながら苦しそうだった。


 話し合いを渋ったことがまずかったのだろうか……。

 それとも、エミオンを無視して執務を続けたことが不愉快だったとか……。


 いやおそらくそれが理由ではないだろう。エミオン自身、仕事の邪魔はしないと言っていたではないか。


 ではなにが。

 なぜ。


 頭を捻ってもわからない。エミオンと悩みを打ち明けるような間柄ではないためだ。


 あと他に考えられることといえば……。


「……もしや、寂しいのではないか」


 この二年、エミオンは一度も実家に帰っていない。ゼクスが許さないからだ。

 ゼクスはエミオンがこの宮から外出することを極力阻んでいた。王妃のお茶会に呼ばれて足を運ぶくらいがせいぜいで、それもできるだけ同行するように努めた。

 エミオンを人前に出したくはない、というのが本音だった。

 いま世界情勢は大きく揺れていた。

 大国の国王崩御や政治指導者の交代、流通の拡大、経済格差、軍の増強、宗教戦争、その他、いままで表面化していなかった国家間の軋轢が露呈し外交破綻した例もある。

 さいわい、この国の内政は混乱をきたすまでには至っていないが、周辺国の状況は厳しく、予断を許さない。政情不安を煽るような行動は慎むべきで、そう通達もされている。特に内政に関わるものは機密情報の管理も徹底するよう指導され、ゼクスとて例外ではなかった。

 そのため、重職に就く者は家族や親類一同も警護の対象になっている。誘拐の危険性があるからだ。肉親を盾にされては国家機密保持の義務も死守できないおそれがある。

 そしてゼクスがもっとも懸念しているのは、エミオンの暗殺だった。

 自他共に認めるが、ゼクスには執着するものがなにもない。エミオンの他は。

 もしエミオンを奪われて命を脅かされようものなら、なんでもしてしまうに違いない。最悪、国を売ることにもなりかねない。それは父母や兄を売るということでもある。

 そんな事態を招かないためにも、エミオンはできるだけ囲っておきたい。


 ――だがそれは建前だ。


 実家に帰したくない理由も、一度帰したらもう二度とゼクスのもとへは戻って来ないのではないかという心配からだった。

 夜会や舞踏会などに一切伴わず欠席させているのも、他の男に眼を向けるエミオンを見たくないからだ。


 ――などと、そんなことは口が裂けても言えない。

 面と向かって拒絶されるのが怖くて、本当の気持ちなんて漏らせない。

 ……我ながら、なんて狭量な男なのかと思う。

 それでもエミオンだけは失いたくない。なにをしても。なにを犠牲にしても。


 ゼクスはエミオンを想った。

 泣いている姿を思い起こす。

 きれいな涙だった。涙の滴を拭って抱き寄せ、慰めたかった。

 ひどく傷ついているようにも見えた……。


「エミオン」


 ゼクスはこの扉を開いて押し入り、エミオンに泣いた理由を問い質したかった。本当の夫婦であったならそれもできただろう。泣く妻を放っておく夫がどこにいる。解決できる問題なら速攻片をつけるし、それが無理でも慰め、励ますことはできる。

 だがエミオンに嫌われているゼクスとしては、どれもできなかった。

 強引に部屋まで送ってはきたものの、それすら迷惑そうで一言も口をきいてはもらえなかった。


「エミー……」


 ゼクスは額に手をやってエミオンの愛称を呟いた。

 なにか自分にできることはないのか。

 直接声をかけたり、傍にいることが難しいならば、間接的にでも元気づけられはしないか。

 そう、たとえば贈り物などどうだろう。

 エミオンが喜んで受け取ってくれそうなものは――?


「花はしょっちゅう渡しているし、菓子も物珍しくない。本はどうだ? いや、本なら贈るよりも図書室への出入りを許可した方が自由に楽しめるだろう。ドレスは……ダメだ、着て行く機会を設けなければならなくなる。宝石や絵画は好みがあるだろうし、いっそ物ではなく音楽隊や聖歌隊を招けば気晴らしに……」


 悩んで悩んで悩んだ挙句、これならば、とゼクスは思い当たった。



 

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