プロローグ3《ある昼下がり》
昼下がり。
季節柄、ポカポカとして気持ちのよいこの時間。
腰を曲げた老人達が集うその場所は、周りとは時間のスピードが違うようで、のんびりと時間が過ぎていた。
ただ、その老人達の集まりに、年端のいかない幼い女の子が一人混ざっていた。
「このお茶、なかなかいいの。いつもより美味しいと思うの」
「おや、分かるのかい?いつもと違って、ひとつ上のお茶なんだよ」
「違いの分かる、女なの」
金髪碧眼の女の子は、クイッと湯呑みを傾けた。
ホッと息をつく。
「外人さんなのに、日本茶の違いが判るのは偉いねぇ」
「生まれは知らないけど育ちは生粋の江戸っ子なの。べらぼーめーなの」
横にある羊羹の一切れを摘む。
「やっぱり、茶菓子は霧洲堂の栗羊羹に限るの」
目の前で繰り広げられるゲートボールの戦いは、もうすぐ南口霧瀬商店街の勝利で終わりそうだ。
これが終わったら、北口霧瀬商店街のチームに入ってやらせてもらおう。
自前のマイステックを取りだそうと、足の届かない椅子から飛び降りた時だった。
突然、間の抜けた音楽が流れ始めた。
「電話なの」
「おやおや、笑点かい」
「なかなかいい着メロなの」
スカートのポケットをゴソゴソ探り、小さな携帯電話を取り出す。
「はいなの…………そうなの、見つかったの。………分かったの、私が行くの。……止めたって無駄なの」
パチンと携帯電話を折りたたんで、スカートのポケットにしまった。
「急用が入ったの。今日はこれで帰るの」
そう言うと、身長にしては大きいゲートボールステックのケースを担いだ。
「そう、残念だねぇ」
「おや、ナインちゃん帰るのかい」
「急用が入ったの」
「そうかい。せっかく次はこっちのチームに入ってもらうつもりだったが……」
「今度来た時に必ずなの」
ナインは、ゲートボールをやっているおじいさんおばあさん達に手を振って、広場からトコトコで出て行った。




