《シークレット!》4
空に浮かぶ少し欠けている月。
時折吹き抜ける風が頬をなで、髪をなびかせ心地よい。
虫の鳴き声が控えめに鳴り響き、それが初夏を感じさせた。
「……ふぅ」
女子寮である柏木寮の一室。
久遠 奏は、自室の窓を開けて空を外を眺めていた。
「おっ、ため息をついて外を眺める美少女!絵になるねぇ」
「もう陽菜、茶化さないでよ」
奏は丸渕メガネのルームメートに苦笑いをした。彼女の名前は榎木 陽菜。
オレンジ色のフレームの眼鏡が無駄に存在を示していて、チャームポイントとなっている。
「ため息の原因は、カナが気にしてる男の子かな?」
陽菜は、首を傾げながら顔を近付けてくる。
苦笑いの表情の奏の眉がピクピクとひくついた。
「んんっ?動揺してるね?しちゃってるね?」
「してなぁ〜〜い!」
頬を少し赤く染めながら、奏は近付く陽菜の顔面を掴み引き離した。
「だ、大体、私は別に春樹君の事なんか――」
「私は誰も佐久良君とは言ってないけど」
「――!」
「ほっほぉ〜〜、やはりその様子だと既にホの字――」
今まで陽菜の顔面を掴んでいた手の力を思いっきり強めた。
怒りと憎しみと羞恥を加えて。
「痛い痛い!潰れる!顔が整形されるぅ〜〜!」
「失礼ね、そこまで握力強くないよ」
「痛いから!十分痛いから!……あ、なんか目覚めそう」
恍惚の表情を浮べ始めた陽菜に、奏はだめだこりゃとため息をついて陽菜を解放した。
「うぅ、何だか知らない自分の一面を見た感じ」
「それが本当の陽菜じゃないの?」
「そっかぁ、私Mだったんだ。Sだと思ってたんだけどなぁ」
ルームメートの何ともいえない一面を見てしまい、奏は苦笑いするだけだった。
「にしても、カナは何で佐久良君に付きまとっているのかな?」
「べ、別に付きまとってなんか――」
「にひ、ツンデレ」
「怒るよ」
「ごめんなさい」
正直でよろしい。
「でもでも、実際カナは佐久良君にご執心じゃない」
「ご執心じゃありません」
「えぇ〜〜」
露骨なまでに不満そうな顔をする陽菜に、内心奏はヒヤヒヤしていた。
こっそりと誰にもバレないように春樹について行ってたり、先回りして待ち構えて出来るだけ自然体で接したりしているから、周りからは変には思われていないはずだ。
だが、残念ながら実際には、追跡は奏がドジを踏んだり、隠れているつもりでも丸見えという散々なもので、待ち構えているのだって自然体どころか、挙動不審で口を開けば噛み噛みの会話という不審極まりないものだった。
こんなバレバレの状況でも、本人は至って真面目にやっており、完璧な隠密行動をしていると思っていた。
久遠 奏、転校二日目で既にかなりの有名人になっていた。本人の知らないうちに。
「じゃじゃ、なんで佐久良君に恋する乙女な目を向けてるの?」
「なななな!そそそんな目なんかして――」
「にひひ♪ツンデレ」
そこで、奏は陽菜にからかわれたことに気が付いた。
「ひぃ〜なぁ〜!!」
「ひにゃあぁぁぁ!!」
ドタドタギッタンバッタンギャーギャーワーワーヒィヒィハァハァ。
ひと暴れして疲れた二人はその場に倒れ込んだ。
「うぅ……カナの鬼畜」
「陽菜が悪いんだからね」
顔を見合わした二人はプッと吹き出して笑い出した。
一笑いしたところで、ふと思い出したように陽菜が切り出した。
「そういえばさ、成瀬君の様子もおかしいよね」
「え、そうなの?」
「うん。ツンツンした感じは同じなんだけど、目がちょっと気になるんだよ」
「目?」
「目というより瞳?何というか……恋する乙女の目に見えるんだよね」
――佐久良君を見るときの目が。
「―――っ!!」
口に飲み物を含んでいたら、確実に噴き出していただろう。
飛び上がる勢いで体を起こした。
「ええええ!それはないでしょ!男同士だし!」
「腐女子の間じゃ人気カップリングらしけど」
「妄想と現実を一緒にしない!」
「じゃあ、成瀬君が女の子だったら?問題ないけど」
「う、それは負け――じゃなくて、妄想と現実を一緒にしない!成瀬君は確かに女顔で女の子みたいだけど男でしょ!」
「どうかな?」
にひひと無邪気に陽菜は笑う。
「もしかしたら、男装した女の子かもよ?」
●
「へっくし!」
夏依がしたくしゃみは浴室に響き渡った。
なんだか今日一日は本調子じゃなかった。きっと昨日の疲れが溜まっていたのだろう。
だから、絶対に使われないだろう時間帯の深夜を見計らい、夏依はこうして楠木寮の大浴場を利用しているのだ。
こうやって大浴場を利用するのは初めての事ではなく、何だかんだで週に二回は利用している。
部屋についているお風呂場はバスタブが少し小さく、足が伸ばせないので、こうして疲れを取ったりリラックスしたいときはこの大浴場を利用していた。
楠木寮の生徒のほとんどが夕食前か夕食後に入浴をしている。たまに、10時ぐらいに入る生徒もいるが、日付が変わる頃には誰一人も入ってくることはない。
本当ならもう少し早い時間帯に入浴したいのだけど、この時間帯が一番安全だから仕方がなかった。
波打つ水面をぼんやりと眺めながら、体を包む暖かさにリラックスからか自然とため息が出た。
……それにしても、全く持って散々だ。
突然、意味不明ファンタジーな理由で怪盗とかいう時代錯誤な存在にさせられるし、変な喋るモモンガが相棒になるし、その上身を隠すためとかで男子生徒として入学させられるし……。
学校の方に実は女ですと言ってしまおうか?そうすればこうやって隠れながらお風呂に入る必要もない。
――でも
「こんな信頼関係を築けただろうか……」
他ならぬルームメートである春樹との信頼関係。
まだ、2ヶ月ちょっとした一緒に生活していないが、夏依は春樹を信頼していた。対する春樹も夏依を信頼していた。
互いが信頼しあう関係。
もし、性別を偽らなかったらどうだっただろう。
遠慮しあって……いや、一方的に嫌っていたかもしれない。なにも知らずに。
それは悲しいし寂しい。
なら、今女だと言ったらどうなるだろう?やはりギクシャクするだろうか?するだろうなぁ……。
となるとやはり男としてやらないといけない訳で……。
それは……何だか嫌だ。
女として、いろんなものを失いそうだ。いや、もう失っているかもしれないのだけど……。色気とか。
「…………」
自然と視線が自分の体の下の方に向く。
そこには、女らしさも微塵も感じさせない程のまっ平らな胸。成長すると信じて牛乳を飲み続けても、全く成長する気配を見せない胸。
くっ……、胸が大きいければいいと言うものでない。もっと違う色気がある。
その色気を磨き、そして女として……!
そこで、夏依はハッとした。
――いやいや、ちょっと待て!ちょっと待つんだ成瀬 夏依!冷静になるんだ!
今は男だ。本当は女だけど今は男なんだ!男が色気を磨いてどうする!バレる可能性が高くなるだけではないか!
いやしかし、それはそれで女としての沽券がぁ……!
悶々とする夏依は手足をばたつかせる。
バシャバシャとお湯が跳ねた。
「ああもう、僕がどうしてこんな思いを……!それもこれも全部佐久良のせいだ」
お風呂からあがろうと上体を起こした時だった。
――カラカラ
大浴場のスライド式のドアが勝手に開かれた。
自動ドアな訳がない。誰かが入ってきたのだ。
「ん?夏依じゃないか」
「ささささ佐久良ぁ?!」
ルームメートの春樹だった。腰にはタオルを巻いて大事な場所は隠れているが、無論裸だ。
「ななななんでお前がこんな時間に!?」
「いや、それは俺も言いたい台詞だが……」
「お前、寝てただろ!」
夏依は春樹が寝入ったのを確認してコッチに来ていた。
確かに春樹は眠っていたはずだった。
「いやまぁ、そうなんだけどさ。ちょっと、夢見が悪くて起きちまって……体は汗でベトベトだったし、このまま寝るのも気持ち悪かったし、風呂に入ろうと思ってな」
「なななな――」
そんなの予測出来るわけがない。予測しろというのが無理と言うものだ。
「それにしても、あれだな。夏依お前……」
春樹の視線は、夏依の体に行っていた。
そこで夏依は気が付いてしまった。
自分が裸ということに。
そして、その自身の裸体の上半身部分を完全に晒してしまっていることに。
(――ッ!バレる!)
奇跡的に下半身は乳白色の湯の中に隠れていたけど、上半身の……特に胸は隠していなかった。
とっさに隠そうとしようとしても、体が動かない。
もうダメだ。理由を話せば分かってくれるだろうけど、関係は壊れてしまう。
まもなく訪れるであろう絶望を覚悟して目を瞑った。
夏依の体が震え、目尻に涙が浮かんでいた。
そして、春樹は口を開き、審判が下った。
「お前、筋肉ないし痩せっぽちだな」
「…………へ?」
キョットーンと完全に予想外な言葉をかけられて、目が点になった。
「ちゃんとご飯喰えよ」
春樹は何事もなかったようにシャワーを浴び始めた。
「え?えっ?ええぇぇ〜〜……」
「……どうかしたか?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ」
「ん、そうか」
一度夏依の方に向けた顔を、シャワーの方に戻した。
これは、チャンスではないか。バレていない。
「……あがる」
「おう、そうか」
夏依は下半身だけ隠して、大浴場から出て脱衣場に行く。
ホッとしてため息が出た。
ただ、何故バレなかったのか気になった。完全に、胸は晒されていた。
もしかして、湯気で見えなかった?
夏依は自分の体を改めて見てみた。
女性特有の膨らみのない胸。
まさか、信じたくない事実なのだが……胸を見て女だと気付かなかったのか?
男と思い込んでいるのも気付かなかった要因かもしれない。湯気もあったし。
でも、湯気はあったけど姿を隠すようなものじゃないし、確実に胸を見られた。
ということは、やっぱり胸を見た上で男と判断した……?
「…………そんな」
夏依は、脱衣場で膝から崩れ落ちた。
女として、色々と失った気がした。
どうも、月見岳です。
今回で第2話シークレット!は終了です。
色々と登場人物の秘密な感じのする話のつもりでしたが、なんだか中途半端な感じな気がします。
成瀬夏依君が中心な話でした。実は、主人公より好きな人物です。
次回のお話で、一気にストーリーを展開できればと思っています。実は、まだストーリー内では2日しかたっていないんですよね……。
更新速度が遅いのはご了承ください。
1投稿のボリュームというか読みごたえとかストーリのためです。そんなのいいから早く更新しろという方はすみません。無理です。
色々と感想をいただければ幸いです。
読みやすさのため、あとがきは各話ごとの区切りにしか極力書きません。ウザいと思いますので。お知らせはまえがきに書くつもりです。
後、最近mixiを始めてみました。興味のある方はお探しください。月見 岳です。




