プロローグ《始まりは突然に》
いつも通り。
今日も明日も、昨日と同じ一日が続くものだと思っていた。
佐久良春樹はいつも通りの時間に起き、そしていつも通りに学校に向かおうと思い、外界へと繋がるドアを開いたのだが、その日はいつもと少し違っていた。
その違いとは、目の前に突如として出現した少女。
別にこれと言っておかしいところはない。
ドアを開ければ、自分と同年代であろう女の子がいただけだ。これが玉乗りをしているピエロだったりとか、グレイ型とか言われる宇宙人だったりしたら、流石にどんな鈍い人でもおかしいとは思うだろうが……。
しかも、どうやら少女は美少女という類の人間なのか、なかなか可愛らしかった。ただ、栗色の髪が、寝ぐせなのかどうか分からないがボサボサで、至る所が跳ねに跳ねまくっているのは愛嬌ということにしておこう。
そして、ふと浮かぶ疑問。
なぜこのような場所に少女がいるのだろうか?
泉綾学園高校の生徒寮。楠木寮。しかも男子寮である。そんなむさ苦しいであろう場所に、女の子が来ること自体おかしかった。しかも、その少女は泉綾学園高校の女子の制服ではなく、この寮にいる男子生徒の彼女が迎えに来たといった様子でもない。
第一、この周辺の学校の制服ですらない。
その格好は、夜ならみえないであろう上下真っ黒の服装。朝でも既に蒸し暑く感じるこの季節に肌を隠す長袖だ。しかも革の黒手袋までしている。
まるでサスペンスに犯人として出てくるような格好。そして一幕。怪しさ満点だった。
「…………」
楠木寮の玄関を開き、ドアノブを掴んだまま春樹は固まっていた。
「…………」
そして、怪しさ満点の謎の少女Aも固まっていた。
交差する視線と視線。
謎の少女Aが、わなわなと体を震わせたと思うと、
「見つけたぁ―――!」
朝の町に響き渡るような大声をあげた。
謎の少女Aは春樹の肩を掴むと、怖い顔をして春樹の顔に近づけた。
「今までなにをしていたの!連絡すらないし!みんな心配しているんだから!」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉に、春樹は戸惑った。
「さぁ、早く戻りましょう!」
腕をクイクイと引っ張り、春樹を学校とは違う方向へ連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
春樹は、謎の少女Aが掴む手を振り払うようにして抵抗する。しかし、思いのほか謎の少女Aは握力が強いのか、なかなか振り払うことができない。
「なに?」
「き、君はオレのことを知っていようだが……知り合いか?」
春樹の言葉に、謎の少女Aはぴたりと動きを止めた。
まるで一時停止ボタンでも押したかのような感じで、そこだけが時間がとまったかのよだ。
そのおかげで、春樹は掴まれていた腕を簡単に振りほどくこともできた。
「……一体どういうこと」
謎の少女Aは、絞り出すような声で呟いた。プルプルと俯き加減で体を震わせている。
「いや、なんというか……オレ、この二カ月以降の記憶がないんだよ」
「……えっ」
謎の少女Aの目が点になる。
「……ごめん、もう一度」
聞こえなかったのか、それとも自らの耳を疑っているのか、謎の少女Aは再び答えを求めてきた。
仕方なく、春樹は答えた。
――だから、記憶喪失なんだよ
「うううっっっっそそそそおおおおぉぉ――――!」
謎の少女Aは、街中に響き渡るのではないかと思うぐらい、大きな声で叫んだ。
「なんで!うそでしょ!どうして!なぜ!なんでよぉぉ!」
同じような言葉を言いながら春樹に掴みかかる。
「知るか!オレが知りたいくらいなんだよ!」
「せっかく見つけたのに!こんなのあんまりだぁぁ!」
ポカポカと、春樹の胸を叩く。まったくと言って痛くはない。
それよりも、春樹はこの謎の少女Aが、なぜ自分の事を知っているのか気になっていた。
「見つけたとか言っていたが、オレのことを探していたのか?」
「そうだけど?」
叩く動作をやめた謎の少女Aは、キョトンとした表情して春樹の顔を見た。
丁度上目づかいで春樹を見る位置だったので、その表情はかなり胸に来るものがあった。
しかし、当の春樹本人は別段そう思っていないようだ。自分も知らない自分の過去を知る人間が目の前にいることで頭がいっぱいだ。
「すまないが、オレの事を教えてくれないか?頼む」
「へ?べつにい――」
そこまで言って、突然言いよどむ。
しかも、なにやらぶつくさと独り言を言っていたりする。
悪いと思いながらも、春樹は聞き耳を立てた。自分のことがかかっているのだ。仕方がない。
記憶がないというのは、もしかしてチャンスなんじゃないかな?そうだよね、だってこれでやっと――
「よし、決めた!」
そして、少女は高らかと宣言した。
「私は、側から離れない!」
律儀に春樹を指差して、謎の少女Aはそう宣言しちゃってくれたのだった。




