第百九十四話 メタモルフォーゼ
○メタモルフォーゼ その1○
ドッキィィィ―――ン
とまあハイテンションタイムの超思考を信じてドキドキジェットを発動してみたわけだがはてさてこの絶望的状況をひっくり返すにはっとぉ・・・
ふむ、ダンジョンコアが造り出してるこのフィールド内なら本物のダンジョン同様新たなスキルも取得可能。
であれば俺が応援系スキルを取得して・・・いや、そんな方法じゃこの圧倒的力差は埋まらない。
ここはもっとこう劇的強化を生む革新的なアプローチが必要だ。
となると、う~む、我ながらよくもまあそんなぶっ飛んだ発想を。
確かにそのくらいのことをやってのけなきゃどうにもならんのは理解しとるが不確定要素が多過ぎて全く成功する気がしない。
まっ、他に名案があるわけでもなしやらなきゃ負け確ですからやりますけど・・・
(お~いスラ坊、とりあえずそこでストぉ~ップ。
その場所から真っ直ぐ俺の所に戻って来ぉ~い)
(えっ、でもマスター、どんどん攻撃が飛んできちゃって・・・あれ?)
絶え間なく続いていたジャイアントマンモスの攻撃が止んでいる。
ぴょ~んぴょ~んぴょ~ん
その隙にスラ太郎は難なく賢斗の所まで辿り着いた。
『おや?ジャイアントマンモスの攻撃が止んでしまい、その隙にアクアマリンスライムは司令塔席までの退避に成功。
突如として両者出方を伺う膠着状態が始まってしまいましたがこれはいったい・・・』
『恐らくあのウォーターキャノンという技は軌道修正ができない。
そして先程の場面、標的であるアクアマリンスライムの延長線上に多田組の司令塔席が重なっていました。
もしあそこで技を放っていたらあの高威力です、テイマーへの直接攻撃とみなされてもおかしくはなかったでしょう』
『あっ、それで九条サイドは攻撃を躊躇してしまったというわけですか。
自身の攻撃力の高さが災いするとは何とも不運な展開でしたね』
『いやまあそれだけでなく普通であれば移動をしたり接近したりとやり様は幾らでもあるはずですが、九条サイドはこの試合あの位置取りを死守したいと考えている。
状況、ルール、策略が瞬間的に噛み合ってしまった結果、今の膠着状態が生まれてしまったんだと思います』
『なるほど、何にせよこれは多田組にとって予期せぬ幸運。
果たしてこのチャンスを活かすことができるのでしょうか』
ちっ、素人は簡単に不運だの幸運だのと、だったら誰も苦労はしないんだがな。
(ハァハァ、死ぬかと思いました、マスター)
あそこに居るのは初めての富士で幾つもの奇跡を引き起こした規格外の化け物。
(ああ、結構盛大にやられちまったな、スラ坊)
気をつけろ、九条。
(そんじゃあ今から憑依すっからちょっとそこでジッとしててくれ)
そいつのヤバさはこっからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○メタモルフォーゼ その2○
あっ、マスターが僕の中に・・・
鼓動の高鳴りが生み出すハイテンションタイムだが肉体を離れた幽体でもその効果は維持される。
もしそんな賢斗さんがスラ坊の身体に憑依しちゃったりすると・・・
ドクンッ、ドキドキドキドキ、ドッキィィィ―――ン
お~凄い、ここまでの推測は当たっとる。
(どうだスラ坊、テンション上がってきたんじゃねぇか?)
(はい、何だかとってもドキドキしてきました。
ってなんです、この感覚はっ!
意識がどこまでも広がって・・・)
うんうん、とりま順調。
(あっ、今スキルがレベルアップしましたよ)
まっ、パッシブ系は勝手にレベルアップしちゃうからね。
とっ、もう50秒を切ったか、こうしてはおれん。
(そんじゃあ手始めにまずスラ坊は頭ん中を空にして・・・おや?)
(・・・あっ、いやっ、そんなっ、これダメなやつです。
これ以上はもう・・・あっ、こらっ・・・やめて・・・)
ほ~ら言わんこっちゃない、だからこんな方法旨くいくはず・・・いや待てよ。
雌雄同体のこいつとは無縁な話と決めつけていたがこの反応はほぼ間違いなくセクシータイム。
となるとスラ坊の意識がぶっ飛んじゃってるこの状況は・・・
ポンッ、手間が省けて丁度いい、悪いがスラ坊、今は華麗にスルーさせてもらうぞ。
そして時間にすれば1分程の長く濃密な時は終わりを告げる。
ふぇどいんっ、あっぶねぇ!
流石の賢斗さんでもたった数十秒でスキル2個とか無茶し過ぎでしょ。
あっ、ハイテンションタイムも終わっちった。ふぅ~
ピロリン!
へっ?
『スキル『光合成』を取得しました。特技『ソーラーチャージ』を取得しました。
ピロリン、スキル『日向ぼっこ』を取得しました。特技『安らぎの光』を取得しました』
う~む、この思わぬ収穫は素直に喜ぶべきなのか。
俺が覚えてしまったってことはつまりの話・・・おや?
ピカァ~ン・・・ピカァ~ン・・・
その宝石は音もなく只ゆっくりと明滅を繰り返していた。
まあどっちも取得できてる可能性もあるっちゃあるか。
ピカン・・・ピカン・・・ピカン・・・
とはいえ戦闘に不向きな取りたてスキルが二つ増えたところで状況は大して変わらない。
ピカン、ピカン、ピカン・・・
だがもし魔物が関連スキルの揃った時点で対応するジョブを自動取得しているとすれば・・・
ピカピカピカピカ・・・
そこにほんの僅かな可能性が生まれる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○武蔵初陣 その1○
その頃クレイジーバットの司令室では一人の男が声を荒げていた。
「なんだぁ?今泉、するってぇと鉄の奴ぁ俺に残飯処理を押し付けて一人でゲコドンとかいうメインディッシュを食いに行ったってのかぁ!」
「いやだから中山さん少し落ち着いて、とりあえず服を着てください」
「あっ・・・まあそうだな。ゴソゴソ
で、そのレベル62の怪物相手に勝算はあんのか?」
海中での戦闘は基本アウェイのハンデ戦。
闇雲に突っ込んだって勝てる通りは無い。
「ええまあ、飽の浦の初回調査にも同行していた中山さんにならお伝えしても差し支えないでしょう。
今回は武蔵を使うと隊長は仰っていました」
なるほど、だったら尚更俺を抜け者にするのは許せんな。
「ほう、よくもまあ武蔵の使用許可が下りたもんだ」
「そうですね、あれの初陣となれば私も隊長と同行したかったのですが。
ってちょっとちょっと中山さん、いったい何処へ行こうとしてるんですかっ!」
「えっ、いやなに、ちょっとトイレに。ひゅ~、ひゅ~♪」
「何ですか、そのワザとらしい口笛はっ!
はっ、まさか・・・貴方までここを離れてしまったらいったいあの3体を誰が仕留めるんですかっ、ガシッ!」
「コラ、放せ、そんなもん俺の知ったことかバカヤロウ。
そもそも武蔵はこの銀二さんが第一発見者だ、こんなところで油を売っていられるかよ」
「いいえ、貴方は今我々の依頼を受諾中の身、勝手な行動は許しませんよ」
「だったらその依頼料耳揃えて返してやるからこの手を離すんだ、今泉ぃ」
「そんな面倒なことするくらいならちゃっちゃとあの3体を倒してしまえばいいじゃないですか。
中山さんならそのくらい朝飯前でしょ」
「んっ!ポンッ、それもそうだな」
残機も2機に増えとるし。
一方DDSFの横須賀拠点に立ち寄った大黒は地下駐車場の極秘ゲートから海方面へと伸びる地下道へ。
とっくに海の底であろうトンネルをひた走り、かつて第三海堡とよばれる要塞島のあった付近に差し掛かると突然周囲の景色は一変する。
真夏の日差し照りつける穏やかな海、何処か懐かしさを漂わせる港町には槍を持ったサハギン達が行き交っていた。
そんな光景を眼下に収めつつ更に移動を続けるブロークンレイディ、沖に浮かぶ岩山が見えてくると躊躇なくそこへ突っ込んでゆく。
普通であればまたしてもスクラップ車両が出来上がる瞬間、そのてんとう虫バギーは岩山に吸い込まれるように姿を消してしまうのだった。
キィィィィッ!
外側からの見た目と違い、ブロークンレイディが停止したのは巨大戦艦の甲板の上。
大黒が降り立つと20名程の整列した隊員達が彼に敬礼をした。
「総員出迎えご苦労、悪いが今すぐ戦艦武蔵の出航準備に取り掛かってくれ」
「そんなもん10年以上も前からとっくに整ってるわ」
一人浮いている小柄な老人隊員がポツリと呟く。
「ククッ、そうツンケンしないでくれよ。
これでもことある毎に上に掛け合ったりしてたんだからよぉ」
「バァ~カそういうこっちゃねぇ。
偶には一升瓶の一つも抱えて顔を見せに来いっつってんだよ、俺は」
「あ~そいつぁ悪かった。
この作戦が終わったらとことんつき合ってやるからよ。
だから今夜の酒が不味くならねぇよう宜しく頼むわ、内海のおやっさん」
「ったく、仕方のねぇ奴だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○メタモルフォーゼ その3○
ピッカァァァァァ――――ン
突如放たれる眩い輝き。
『っとなんだぁ、あの強烈な光はっ!
ってあれ?今の光はなんだったのでしょう』
お~なかなかいい感じの手応え。
今回ばかりは主人権限でちと解析させてもらおう・・・うわっ、何これ。
(なあスラ坊、お前今新しいジョブと一緒にスペシャルスキルも覚えただろ。
ちょっと使ってみてくれないか)
ランクはSR、水面を照らす者。
(了解です、マスター)
その特典のスペシャルスキルはメタモルフォーゼ(水面の妖精)。
まるで青い蕾が開花するように宝石の中から蝶の羽を生やした人魚の妖精が現れた。
『なっ、突然姿がっ!
あれも特異個体化によるものなのでしょうかぁ!』
劣等種のスライムが上位種である妖精へとメタモルフォーゼを遂げる10分間の変身タイム。
『いや進化の類であるならばレベルも上がって然るべき。
進化系統を無視し精霊化する点でいえばサラマンダ―が持つメタモルフォーゼというスキルが一番近い気がします』
相変わらず想像の斜め上をいく野郎だぜ。
ウォォォォォ――――!
おうおう、歓声が心地よいですなぁ。
「ところで俺はこの負け確だった試合をそろそろひっくり返したいと考えてるのだがスラ太郎君、君はどう思う」
「それは奇遇ですねマスター、僕も今同じことを考えていました」
「じゃあ今度は思う存分暴れて来い、スラ坊ぉ!」
「はい♪」
今尚光を放ち続ける掌サイズの妖精はまるで空を泳ぐように飛び立っていく。
『さあようやく妖精へと変身を遂げたブリリアントアクアマリンスライムが自陣から出て参りました。
っとそこへ待ってましたとばかりにジャイアントマンモスのウォーターキャノンが飛んでゆくぅ!』
パァ~~~ン
命中すると思われた水砲は寸前で砕け散り飛散した水球は空中で停止している。
と同時に周囲の沼地からも水球が次々と浮かび上がって来ていた。
あの中山銀二にあそこまで言わしめるのも頷ける。
更に何もない空中にも水球が出来始めるとそれらは静かに周回軌道を描き始めた。
今まで見せていた海魔法は単なる三味線・・・
『なんとぉ、この感じはもしかしてメイルストロムかぁ。
しかし先程の試合とはまるで比較にならない水球の数・・・』
その真価はあの妖精化した姿でこそ発揮されるというわけか。
『これはとんでもない威力になってしまうぞぉ!』
次第に荒れ狂う海の猛威へと変貌した大渦はその標的を決して逃さない。
結局九条の奴も負けちまったか。
遂には中心の巨大な獲物を悠々飲み込むと容赦なくそのHPを奪っていった。
『九条組降参により、勝者多田組』
ウォォォォ――――!
「やりましたよ、マスター♪」
変身の解けた相棒が喜び勇んで戻って来る。
いや~ここでブリリアント魔力砲を温存したまま勝てたのは実に大きい。
「ああ、よくやったな、スラ坊」
にしてもああも見事に女体化するとは奇怪な。
まっ、妖精は小さな女の子と昔から相場は決まっとる。
あれが哀しいセクシータイムの後遺症でないことを私は心から願っているよ、スラ太郎君。ニッコリ
次回、第百九十五話 唐紅もみじ。




