第百九十二話 南硫黄島作戦
元旦早々の大地震で正月気分もないですね。
本来ならここでふざけた新年のご挨拶でもと考えておりましたが今回は止めておきます。
早く被害に遭われた方々にもこんなバカなお話を楽しめる時が来ますように。
○決勝トーナメント開幕 その3○
パタパタパタ・・・
向こう正面に目をやれば海上組の降参フラッグがはためいていた。
どうやら絶好の敗北チャンスをまた逃してしまったようだ。
まっ、何もしとらんのに向こうのHPゲージは2割も削られとる。
見た目的には何時もと変わらんこちらの順当勝ちに映ってそうだが。
『そして今海上選手が観客に頭を下げつつ退場していきます。
いや~不満の声も聞こえて来ますが、赤羽さん的にはこの光景どうお感じになりますか』
『まあ白熱したバトルが見たかったファンの気持ちもよくわかりますが生物の命に係わる判断ですからそう簡単に非難することはできませんよ。
とはいえ一方でこうした試合が折角の盛り上がりに水を差す結果になるのはよく御理解頂けたと思います。
ここは改めて先程話した現行ルールの改善を是非行っていって欲しいですね』
ササッ、ポンッ、サッ、ポンッ!よしっ、次はイケる。
「あっ、あのぉ多田選手?
そろそろ勝利者インタビューを」
「いやいや戦ってもいないのに勝利者インタビューとか必要ないでしょ」
「わかります、ですがまあそう仰らずに。
多田さんがお話しになればきっと会場の雰囲気も和みますから。アハハ」
むっ、和むとな?まぁ~たこの人この賢斗さんから平安式カミカミを・・・
そんな手に引っ掛かるほど、いやこの際この挑発に乗ってみるのも一興か。
「仕方ないですね、僕もあんな試合じゃ折角来てくれたお客さんに申し訳ないですし」
と少年はインタビュアーの女性と共にセーフティエリアのお立ち台へ。
『まずは多田選手、決勝トーナメント初戦の勝利おめでとうございます』
『あっ、ども』
『勝因はどんなところに?』
『手首の甘さですかね』
『対戦相手の海上選手には何か?』
『いえ、特に』
『では最後に応援して下さっているファンの皆様へ何か面白いことを』
ほぉ~ら来やがった、つかそんな無茶振り対応できるの普通お笑い芸人くらいだぞ。
なんてことを思いながらも少年はスラ太郎をマイクの前に。
『ほれスラ坊、皆さんにご挨拶』
バトルフィールドから出て元気一杯の魔物にはクリッとした目が。
『こんにちは、僕の名前は多田スラ太郎です。
皆さん仲良くしてくださいね♪ぴょ~んぴょ~ん』
挨拶を済ませると少年の手の上で嬉しそうに飛び跳ねていた。
ワァァァァァァ―
大きな歓声に対し満足そうに頷く少年。
『これは驚きましたぁ♪
なんと多田選手のスライムは人の言葉が話せるようです!』
その陰で女性インタビュアーも小さくガッツポーズを決めていた。ニヤリ
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○南硫黄島作戦 その1○
午前11時、海上に停泊するエキサイトダックの横には到着したばかりのクレイジーバット。
上空には既に各テレビ局のヘリが飛び交い、それに紛れて在日米軍や国際探索者連盟所属の偵察ヘリまで様子を窺っていた。
そしてその黒い輸送艇の格納庫では総勢80名の隊員達を前に大黒が事前ミーティング。
「当初ダンジョンコアを撤去すれば外の超進化個体も同時消滅すると思われていた。
だが今現在その可能性は限りなく低いことが判明し我々が取るべき作戦は外の超進化個体8体を全て我々の手で討伐する他なくなった。
となってくるとだ、あれだけの怪物を前にし我々の戦力だけでは少し不安を感じている者も居るだろう。
そこで今回は経験実力共にこの国で最も頼りになる人物に助っ人として来てもらっている」
「どうも、滅多に人を褒めないこの男が俺を持ち上げるなんて、今日は季節外れの雪でも降るんじゃないかと心配している中山です。
まっ、冗談はさておき五月蠅いハエがたくさん飛び回ってることからも既にこの事態が立派な国際的ダンジョン災害に認定されちまってるのは間違いない。
仮に俺達の作戦が失敗すればこの日本は同盟国であるアメリカか国際探索者連盟、或いはその両方に莫大な費用を支払い尻拭いを頼むことになるだろう。
だがこの国のダンジョン災害専門部隊としてはそんな未来願い下げだよなぁ。
そして何を隠そうこの俺もその想いにはいたく共感する次第だ。
提示された額はスズメの涙で普段だったら鼻くそほじって対応するところだが、今回は特別にギャラ以上の働きを約束してやろうじゃねぇか」
ぬかせっ!新車のポルチェが2台は買えるだろ。
ったく、アレの使用許可さえ下りりゃあこんな奴の手を借りることも・・・
「コホンッ、それでは作戦内容を発表する。
まず俺とコイツが先行して島に上陸、8体の超進化個体を一か所に集め時間を稼ぐ惹きつけ役を担当する。
それを確認後実行部隊各班も順次島に上陸、ターゲットとなる1体を島の端まで誘導しクレイジーバットに残った攻撃魔法班が一斉放火。
討伐完了するまでヒット&アウェイを繰り返し一体殲滅できたところでファーストアタックは終了となる。
尚何か問題が生じた場合は即時撤退、決して深追いはしないように。
では行動開始は12時ジャスト、皆気を引き締めて準備に取りかかってくれ、以上だ」
フッ、相変わらず手堅さに剛毛の生えた作戦立てやがって。
整列していた隊員達が散開していくと・・・
「お~い鉄也君質もぉ~ん、隊長のお前さんまで先陣を切るとかいったいどういう風の吹き回しですか?
こちとらいい迷惑なんですが」
「よく言うぜ、オメェが俺の言うことを素直に聞いた試しはねぇからな。
大方最初に特大花火でもぶっ放して作戦を台無しにするつもりだろうが」
いやだねぇ、これだからつき合いの長い奴は。
「だがそう心配するな、今回は別に止めやしねぇ。
この無人島なら周囲への被害を気にする必要もねぇし、ちっとは手伝ってやっからよ」
エキサイトエッグによるシュミレートでも今回の作戦成功率は現状32.6%。
最大の問題はやはりあの数、最初に少しでも数を減らせりゃその後の展開はかなり違ってくるはずだ。
「ほ~う、随分いい感じじゃねぇか。
だがそういうことなら鉄、間違っても巻き込まれるなよ。
リミットブレイクした俺の最大火力はお前だってまだ知らない」
えっ?ちと嫌な予感がしてきた。
そしてこの10分後の隊長室では・・・
「するってぇと何か?夕子。
島内で見つかったダンジョンの他にも海中にダンジョンがあるってのか」
「はい、まだ推測の域は出ませんが。
しかしプチダックも3機やられましたし少なくとも今日は右の大胸筋が何時にも増して元気一杯・・・コホン、失礼。
海中にも超進化個体が生息していることは確かです」
「つってもなぁ、まずは目の前の目標から片付けていくしかないだろう。
作戦に変更はなし、だがこの件に関しては引き続き調査を進めておいてくれ」
「はっ、では失礼致します。バタン」
「おっ、おい鉄、あの女って・・・」
「フッ、気付いたか?ガリガリの新人をもあっという間にマッチョな隊員へと育て上げる指導力。
戦闘時には僅かな筋肉の伸縮から敵の動きを先読みし的確に急所を撃ち抜く凄腕スナイパー。
彼女ほどの傑物になると他者の筋肉のご機嫌くらいすぐわかっちまうんだよ」
そりゃ確かに下手に注意するのも憚られるほどの才能だな。
つか筋肉のご機嫌ってなんだよ。
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○ギガントドーナツダイジェスト○
一方その後のギガントドーナツの様子は注目どころをダイジェストで。
『ああっと、この雪原フィールドではジャイアントマンモスの無双状態。
ランドウェーブで雪崩を誘発するとシルバーフォックスはなす術なく大ダメージだぁ!ワァァァァァ―』
4試合目で九条琢磨が順当に勝ち名乗りを上げると・・・
『なんとぉ!空の王者は自分だと言わんばかりにあの鵺が飛んでおります』
5試合目では怪物鵺がその実力を見せつけキラーペリカーンを一蹴。
迎えた7試合目の小田桜対市村紫苑の一戦では・・・
キラ―ン、コクリ、ポチッ!ピポ~ン
『おっとここで小田組の降参フラッグがっ!
回避不能の状態異常はスケルトン系の魔物にもその効力を如何なく発揮しておりましたぁ』
あっちゃ~、やっぱあの蝶々の状態異常は反則だよなぁ。
とうとう先生まで負けちまったぞ。
『空間を切り裂く斬撃もその間合いの外から攻撃され続けては使えません。
この苦しい展開では降参するのも止む無しでしょう』
確かにその通りだがこの試合まだ五右衛門さんのHPゲージは半分以上残っていた。
何時もの桜ならここからが本番、よくわからん強運パワーで反撃開始といくはずなんだがやはり運エネルギーの枯渇が・・・
えいっ、ポチッ・・・ポチポチポチッ!
なぁ~んて敗因をアレコレ考えるのも馬鹿らしくなってくる。
ポチッ!ピポ~ン、ニヤッ
そもそもあいつはああいう奴だしな。
ん?
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○南硫黄島作戦 その2○
ブロロロロロ・・・
作戦開始の正午を迎え低空飛行で颯爽と島に急接近する2つの機影。
ひとつは中山が駆るスカイデーモン、そしてもうひとつは・・・ブゥゥゥーン
「アハハ、最初のチューンアップで手を生やした時は傑作だったが随分と真面に飛ぶようになったじゃねぇか、そのポンコツバギー」
てんとう虫を模したフォルムのバギーカー、なのだがなぜか金色のカタツムリの旗を靡かせている。
「フッ、どんだけ昔の話をしてやがる。
スクラップになる度スペックアップするこのブロークンレイディも今や17代目、お前のイカれたバイクにだって負けやしねぇよ」
上陸した二人は二手に展開し島に散らばった怪物達を挑発して周り始めた。
そんな光景を上空2000mから見守る一人の男。
最大戦力を惜しみなく投入してもおかしくない危機的状況・・・
だと思ったのですが日本政府はあくまであれを隠し通すつもりですかね。
「室長はあの作戦、成功すると思いますか?」
「どうでしょう、乗り物系の兵器なしにこの事態を乗り切るのであれば私ならあと六人はSランクが必要だと考えます」
まっ、あの巨大オタマジャクシも考慮するならもう二、三人は必要でしょうけど。
そして20分程経つと8体全ての超進化個体は半径200mの圏内に集まっていた。
「さあ銀二、準備は整った。
景気良くやってくれ」
「ああ、まずは闘魂注入、バチバチバチンッ!」
自分で両頬を思い切り引っ叩くと男の身体からは凄まじい闘気が立ち昇る。
「お~痛てぇ、随分とやってくれたじゃねぇか。
テメェ等只じゃおかねぇからなぁ」
これ見る度に自分でやったんだろってツッコミたくなるな。
「木端微塵に吹き飛びやがれ、道連れニトロダイナマイトぉ!」
えっ、そのニトロって何だ?
っとイカン、ブンブンシールドパワー全開っ!
ピキン、ドッゴォォォォォォ――――――――ン
球体状の特大火力が島を蹂躙した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○メイルストロム○
その頃ギガントドーナツでは決勝トーナメントが2回戦に突入。
ナイスキャッチ勢唯一の生き残りである多田組は森林フィールドでくノ一モンキーと対戦。
レベル的には上回っているもののスラ太郎は相手の素早い動きに翻弄され攻めあぐねていた。
スラ坊の奴、普通のウォーターボールも使えたのか。
まっ、あんな攻撃当たっても大したダメージにはならんだろうけど。
『いや~この葉隠れの術、なかなか見事なものですねぇ。
アクアマリンスライムも苦無の飛んできた方へとウォーターボールを撃ち出そうとしますが既にそこにはくノ一モンキーの姿はありません』
『このフィールドはあの魔物にとって庭みたいなものですから。
一見均衡状態に思えますが間違いなく主導権はくノ一モンキーが握っていますよ』
確かにこのままでは相手の大技が何時飛んで来てもおかしくない。
とはいえこの状況を打開できるような起死回生の一手となるともうブリリアント魔力砲くらいしか・・・
あっそだ、まぁ~たテイマーズサポートを忘れるとこだった。
「がんばれぇ、スラ坊ぉ」
ポンッ、ポポン、ポンッ!
その瞬間スラ太郎の周りには無数のウォーターボールが浮かび上がる。
えっ、何これ。
それはゆっくり動き始めたかと思えば徐々に加速し大きなうねりへ。
『なっ、この周回軌道はまさかぁ!』
やがて内部に強力な大渦を展開する直径3m程の水球が完成した。
『メイルストロムだぁぁぁ!』
ほうこれがあの有名な、本家のモノとは比較にならんだろうけど結構な威力だな。
『っとここで堪らず池内組の降参フラッグが上がる。
多田組、この2回戦も見事に突破しましたぁ!』
つっても広範囲に展開し隠れた敵を炙り出せたのは良いとしてあのサイズでは恐らくジャイアントマンモスには通用しない。
やっぱうまくいったとしても2強の一角崩しが関の山か。
ビュ~~~ン
おや、これは南国の風?
次回、第百九十三話 切り札。




