第百六十話 聞き覚えのある声
○ツアーの帰路○
7月28日日曜日、ギルドクローバー一行は午前10時に那須ダンジョン温泉の宿泊施設をチェックアウト。
出発した2台の車はもう既に1時間程高速道路の上。
帰りくらい転移を使えば簡単な話なんだが、これも旅の醍醐味なんだとか。
「出でよっ、氷斬雷鳴剣っ!」
はぁ~拭き拭き、むふぅ~♪
氷属性まで付いてしまうとは、いや~惚れ惚れしますなぁ。
「ちょっと賢斗君、車の中で剣のお手入れなんか止めてよっ!
それにその剣、そんな名前じゃないでしょ」
「うんっ、錆に強い剣だよぉ~」
余計な事を言うんじゃないっ、気分が台無しだろぉ?
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『氷斬雷鳴剣チックな錆に強い剣』
説明 :天に掲げれば雷鳴を呼び斬撃を放てば凍りつかせる事もある伝説級の名剣。使用者資格、雷剣及び氷斬剣保持者。雷属性(大)。雷耐性(大)。帯電持続(大)。電撃吸収(大)。氷属性(中)。氷耐性(小)。氷斬特化(大)。自動修復(小)。腐食耐性(小)ATK+22。
状態 :500/500
価値 :★★★★★★
用途 :レジェンドウェポン
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いい加減アイテム名称の編集機能が欲しいとこなんだが。
キィー、ん、どったの?
車が脇に寄るとサイレンを鳴らした5台の消防車が脇を走り抜けて行った。
「うわぁ~、消防車がいっぱぁ~い」
「この先に事故でもあったんでしょうか」
う~ん、だとしたらタンクローリーが横転しちまったくらいの大事故だな。
この先に大渋滞が待ち構えていたりして・・・
車が再び走行を始めると今度は・・・
「何あれぇ~?」
バサッ、バサッ、バサッ、鍵爪が付いた黒い飛翼に丸みを帯びた機体はまるで太った巨大蝙蝠。
おおっ、あんなの俺も初めて見たぞ。
「アレは多分ダンジョン災害対策特殊部隊の輸送機だと思いますよ」
機体の側面にはDDSFのロゴと共に両翼を広げニカッと笑う太っちょ蝙蝠のイラスト。
「あの遠くで黒煙の上がっている場所に向かっているのでしょうか」
ふむ、ちょっと見物して来よっかな。
「水島さん、俺ちょっとあの輸送機の向かった場所を見て来ます」
アレは恐らく乗り物系アイテム。
あんなのを間近で見れるチャンスなんて滅多に無いしな。パッ
「あっ、コラ、賢斗君、ちょっと待ちなさい。
野次馬なんて趣味が悪いわよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○森下研究所事件○
2時間程前、森下探索者カンパニーの北村は今日もまた研究所の方に訪れていた。
「やあ先生、今日は珍しい灰色のスライムも捕獲して来ましたよ」
100機並ぶその魔素濃度維持装置群には大きさの異なる3タイプがあり、半数を占める一番小型の魔素濃度維持装置は今回北村が捕獲して来た色とりどりのスライム達で全て埋め尽くされる事となった。
「君の協力には非常に感謝しているよ、北村君。
お蔭で特異個体化検証を更に進めることができる。」
5日程経ちジャイアントレッドスライムは火魔法、ジャイアントグリーンスライムは風魔法といった具合に色の違うスライムがそれぞれ違う魔法を獲得するという事実はほぼ確定したと言って良かった。
またその内2体に関してはレベル20までレべリングを行い魔法のスキルスクロールドロップ率が10%まで引き上がる事がこの研究所でも実証されていた。
「まっ、先生の研究にはうちの将来が掛かっていますからね」
昨今のテイマーブームの到来によりテイムモンスターのレべリング代行サービス或いはある程度までレべリングした魔物の購入需要も生まれつつある。
魔素濃度抗体ワクチンの開発に遅れを取った森下カンパニーは極早い段階でその路線を方向転換、この辺りの商業戦略を推し進める事で研究の維持継続を計画している。
「じゃあ伊藤君、今日搬入された検体は濃度変更パターン17でステージ2特異個体化実証を進めてくれたまえ」
「はい、了解しました」
篠宮が研究員の一人に指示を出す中、北村は魔素濃度維持装置の一つを少し寂し気に眺めていた。
ジャイアントブルースライムから更に巨大化したステージ3のギガントブルースライム。
身体を気化させる能力を持ったステージ4のエアリーブルースライム。
連日の特異個体化検証は予想を超えた成功を納め続けていたのだが・・・
「そう落ち込む事は無い。
ステージ5への特異個体化成功率は本来10万分の1程度のモノだ。
こうした研究は積み重ねが肝心なのだよ」
まっ、そりゃ重々分ってますがね・・・
今現在その魔素濃度維持装置の中には掌大の岩の塊が一つ。
これがステージ5特異個体への進化を試みた魔物の成れの果てであった。
「なっ、伊藤君、何をやっているんだっ!」
突然篠宮が声を荒げた。
「いっ、いえ先生、私は確かに・・・」
ウィーン、ウィーン、ウィーン、ウィーン・・・
次々と魔素濃度維持装置の中の魔物が解放されていく。
一体何が起こっている。
「きっ、北村君、早くあの灰色の個体を退治してくれ。
アイツがマインドガードと幻覚魔法を取得したのが原因だ」
・・・そういう事ですかい。
北村は剣を抜くと軽快なステップでジャイアントグレースライムに接近。
飛び上がると魔物の上からコアを一突き。
ふぅ、幾ら特異個体化したと言ってもこんな低レベルの魔物相手にこの俺が・・・なっ。
ホッとしたのも束の間、誤操作により装置から解放された7体のスライムの中にはレベル20のジャイアントレッドスライムも含まれていた。
不味いっ、もう奴は・・・
ドカァ~ン、赤い怪物が放った炎の塊は火災と共に更なる魔物の解放を生みだす。
おいおい、こりゃ洒落にならんでしょ。ゴホッ、ゴホッ
そして新たに解放された魔物達が加わり惨状は大惨事へと変貌していった。
「北村君、安心したまえ。
装置から出た魔物の活動可能時間はそう長くない。
特異個体化していない魔物は放っておいても直に消滅してくれるだろう」
そんな事言ったって現状滅茶苦茶暴れ回ってるんだが?
スプリンクラーも既に半分以上お釈迦にされちまって火は広まる一方。
煙が充満してきたこの状況でこれ以上真面な戦闘なんて無理ですぜ、先生。
「先生、こりゃどう見ても俺一人にゃ手に負えねぇ。
ここはもう腹括って緊急シャットダウンでズラかりやしょう」
まっ、そんな事すりゃこのまだ利用価値のある先生の首が飛ぶのは目に見えてるが流石に自分の命にゃ代えられねぇからな。
「むっ、むぅぅ、仕方あるまい、『ブィーン、ブィーン、全職員に告ぐ、総員建物の外へ緊急退避。
3分後にこの研究所の全隔壁を閉鎖する』
ドォウィィィーン、北村君、今からここの隔壁を下ろすからタイミングを見て上手く脱出を図ってくれ」
キィーン、ズズズ・・・北村はワイルドウルフの牙を剣で受けながら後ずさり。
おいおい、ソレ言う前に隔壁下ろしてただろっ!
ったくあの爺ぃ、人を見殺しにするつもりか?
分厚い隔壁が下り切る寸前、一人の男が転がる様に隔離区画の中から抜け出して来た。
ふぅ、俺の悪運もまだ尽きちゃいねぇ様だな。
彼がハンカチを鼻に当て走り出した時、隔壁内部で小さな音が鳴っていた。
ピキィ・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○災害協力活動 その1○
「おっ、大黒隊長、大変です。
先程地上を飛び立った飛行体が急速接近、現在このクレイジーバット周辺を何やら飛び回っています」
「何だとっ、大方どっかの馬鹿が飛ばした撮影用ドローンだろうが・・・」
「いえ、これは恐らく、モニター出ます」
何だ、このニヤけ面の若造は、いやこの顔何処かで・・・あっ。
キィ~ン、うっひょ~、漆黒の機体なんてこの私ゾクゾクしちゃいますぅ~♪
『あ~そこの君、危ないので機体に近づくのを止めなさい』
あっ、見つかっちった。
いや~素晴らしい探知性能、感服感服ぅ~。
「隊長、間もなく現着します」
「よし、降下準備!」
おっ、流石は乗り物系アイテム、そのまま垂直降下出来るのか。
って何だ?あの建物・・・中に魔物がウヨウヨしてる。
ダンジョン外に於けるパーフェクトマッピングの性能は格段に落ち、表示範囲は狭まりデータの保存も機能しない。
しかしここまで接近すれば魔物の存在を把握する程度の事は出来る。
う~む、でもまあDDSFが出動してる時点で普通の施設な訳ないわな。
にしてもどうすっかなぁ。
その火災現場は高い塀に囲まれた研究所施設。
しかも災害時であれば尚の事部外者である者がその中に入る事は許されない。
もうちょっとじっくり見たかったんだけど・・・・
流石に俺があそこに下りる訳には・・・あっ、良い事閃いちった。
探索者法第98条
探索者は緊急災害時における救助支援活動に協力する努力を怠ってはいけない。
よし、一応大義名分はある、協力が必要か聞いてみる体で・・・
シュタ、賢斗は着陸したクレイジーバットの傍に下り立つ。
「あのぉ~、僕はこれでも一応Eランク探索者なんですけど良かったら災害活動に協力させて下さい」
さっ、今の内今の内、チラッ、チラッ、おお~、かっけぇ~♪
「アハハ、気持ちは嬉しいけどEランクの探索者さんの出番は・・・」
「待て、今泉」
えっ、何このゴツイ人。
「今現在この施設内の人間は全て退避が完了し、残るはこの研究所内に残された大量の魔物の討伐と消火活動。
尚施設内の隔離ゲートは全て下ろされ内部への侵入は困難を極める。
お前ならこの状況どう収める?」
見学希望の賢斗さんに状況説明までしてくれるとは何て良い人なんだろう。
にしても何でそんな事聞くんだ?
「まあ僕だったら中で火災が発生していても耐熱系スキルがありますし呼吸もエアホイッスルを使えば大丈夫。
侵入方法に関しては直接外の壁からあの火災が起きてる隔離区画の内部にすり抜けることもできますし閉鎖されたゲートで出入り口が使えなくても特に問題ありません。
魔物については数はかなり多いみたいですけど皆低レベルですから多分僕一人でもイケるかと。
あと水魔法も持ってるんで火災の消火もまあ何とかって感じですかね。アハハ」
という訳でお邪魔虫のあっしはあっちの隅っこで待機するであります。スタコラさっさ・・・
「待て坊主、ならお前、今からソレを実践して見せろ」
えっ?
「ちょっ、隊長っ!」
「大丈夫だ、今泉。
こいつはこう見えて今度Sランクに昇格が決まったナイスキャッチのリーダーだ。」
「え~~~っ!じゃあこの少年が隊長と同じくらい強いって事ですかぁ?」
「ばぁ~か、Sランクっつっても国際探索者連盟の基準で言えば俺はSSSランクだ。
こんな国内のダンジョンしか知らなねぇひよっこと一緒にするんじゃねぇよ。
とはいえコイツの実力に関しては今後の事も含めて一度この目で見ておく必要があるからな。」
「ですが隊長・・・」
「まあ何かあってもこの俺が全部責任取ってやるからそう心配するな。
それにこいつの言ってることが確かなら建物の損壊も軽微で済むはず。
坊主もそれで構わねぇだろ?
上手く行ったらうちのクレイジーバットに乗せてやるからよ」
えっ、ホント?
今回に関しちゃ人命救助の必要性は無く消防車がこれだけ集まってりゃ延焼の心配もねぇ。
銀二の奴があれだけ熱心に推してたコイツの実力とやら、じっくり観察させて貰おうじゃねぇか。
う~む、断られる前提で協力を申し出て丸投げされる不思議。
「ほら、分かったらさっさと始めてくれ」
まっ、富士ダンジョンの火山フロアすら制覇した賢斗さんにとって普通の火災現場など恐れるに足らず。
黒蝙蝠に乗せて貰えるのなら引き受けるのも吝かでは無いのだが・・・う~む。
「モジモジ・・・あのぉ、エアホイッスル貸して貰って良いですか?」
「なっ、お前さっき持ってる感アリアリで話してただろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○災害協力活動 その2○
DDSFのエアホイッスルを借り受けた賢斗は早速施設の壁から直接魔物隔離区画の中へすり抜け転移。
すると窓も無く排気ダクトを除けばほぼ密閉されたその空間の照明は既に落ちそこかしこで発生している火災の煙で視界は最悪であった。
う~む、これは視覚だけに頼ってちゃダメそうだ。
ドキドキエンジン、発動っ。
中は学校の体育館程の広さがあり、天井もかなり高い。
にしても居るねぇ・・・
つってもそこそこ強そうなのはあのジャイアントレッドスライムとジャイアントグリーンスライムくらいだけど。
はてさて・・・
「サンダーストーム、アンリミテッド。バリバリバリィィィ」
現場の状況を把握しつつ先ずは周辺に居る雑魚達を範囲魔法で殲滅。
これだけ居ると流石に全部範囲魔法でって訳にも行かないよなぁ。
消火もしなくちゃならないし・・・あっ、そうだ。
ブォン、賢斗が剣を一振りすると剣先から冷気が放たれ、その先で燃えていた炎が消えた。
おお、イケるイケる、流石は氷属性の剣。
ポタッ・・・じゅおぉ~、天井から垂れて来た酸液が革ジャン装備の肩口を僅かに溶かす。
うわっ、あんなとこにもスライムが居るのかよ、ったく、こうなりゃ大盤振舞だ、勇者オーラ発動っ、ぶぅおぅん。
そんじゃあ本格的に行ってみますか。シュタッ
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○災害協力活動 その3○
「隊長、彼ホントに大丈夫でしょうか?」
「ああ、特に心配要らねぇ、今この建物の中で魔物の反応が凄い勢いで消えて行ってる。
10分もすりゃあ粗方ケリがつくだろう」
「それホントですかぁ?
我々でも作戦行動時間が30分は掛かるだろうと予測されていたのに。」
「まっ、お前等と奴との違いを一言で言うならそれは圧倒的な機動力の差ってところか。
ここからじゃ俺の感知スキルでもアイツの現在位置がまるで把握できねぇ」
「あっ、あの少年はそこまで凄いんですか。」
ふっ・・・ビックリ箱か。
「ああ、まっ、伊達や酔狂でSランクを名乗れる訳じゃねぇってこった。」
銀二、確かにコイツぁかなりの掘り出し物だな。ニヤリ
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○聞き覚えのある声○
10分後、魔物殲滅及び消火活動は順調に進み、辺りは白煙を上げていた。
ふぃ~MPもスッカラカン、ようやく片付いたかな?
(・・・あっ、危ない、上)
えっ、上?なっ・・・
見上げれば天井の鉄筋が腐食し彼の頭上に落下して来ていた。
ヒョイッ、ガラァ~ン、ガラァ~ン、ガラァ~ン
あっぶねぇ~、これ当たってたらポックリ逝ったかもしんない。
ってあれ?さっきの声って・・・クルリッ
そこにあったのは掌大の淡い水色の宝石。
こんなお高そうな宝石をドロップする魔物なんて居たかな?
賢斗が拾い上げるとその宝石はブヨブヨと蠢き始めた。
何これ、まさか魔物?
(あ~怖かったぁ、マスターありがとう)
う~む、これはどうしたことだろう。
何故かこの奇妙な魔物の声が何時ぞやのスライムの声に聞こえる。
次回、第百六十一話 アクアマリンスライム。




