第百十六話 『大気圏再突入プロテクト』
○7月13日土曜日午後7時30分 コテージリビング○
風呂上り、ロッキングチェアに腰を掛けた賢斗は自身の体にマッサージを施す。
いやぁ、すっきりしたぁ。
嫌な気分の時はこれに限る。
「たっだいまぁ~。」
「おう、桜。俺の侵入申請して来てくれたか?」
「うん、帰還予定も午前3時にしてきたぁ~、はぁ~い、信号弾。」
「おう、サンキューな。」
「賢斗さん、夜中の3時まで探索するおつもりですか?」
「いや、その時間はあくまで余裕を見てって奴だから。」
「でも賢斗くん。ホントに夜のダンジョンに一人で行くつもり?
危ないわよ、きっと。」
そりゃそうなんだが、昼間の探索結果があの有様じゃ、まるで今日1日を棒に振った様なもんだし。
何とか手っ取り早く昼間の遅れを挽回しておかないと。
「分かってますって。
でも飛んで探索範囲を広げるだけですし、鳥系の魔物は夜は飛ばないでしょ?
案外昼間より安全だったりするかもですよ。」
「まあ良いわ。その分私達も安心してお風呂に入れるし。」
俺が居たって安心してお風呂くらい入れますよ、先輩。
「今日は3人一緒にお風呂に入っちゃおうかな。」
何っ!3人一緒だと?
「うん、そうしよぉ~。」
「じゃあ私はかおるさんのお背中をお流しします。」
なんとっ・・・もしこれが実現されるなら間違いなく前回不発に終わった入浴音拝聴作戦が成功する。
チラッ
ニタァ
ダメだ。あの顔の時は何かある。
ここは予定通りダンジョン探索に行って来よう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後8時 富士ダンジョン1階層○
賢斗は富士ダンジョンの樹海上空からフロア全体を見渡す。
まあ夜だから暗くなっちゃってますけど、視力強化さんのお蔭で問題なし。
とはいえ昼間確認した情報以上のモノは発見できずってところか。
となると方針としては昼間伊集院の奴のステッキが示した方向へとパーフェクトマップの表示範囲を広げていくって事で良いだろう。
キィィ―――ン
自身が許容する範囲の限界の飛行スピード。
賢斗の場合のそれは大凡時速100km弱。
風圧耐性や呼吸確保といったセーフティが無いこのフライ(ノーリミットカスタム)というスキルではそのあたりが限界と言えた。
おや、伊集院があんな所に・・・頑張ってるな、うん。
○午後9時○
巨木のてっぺん付近の枝に腰を掛ける賢斗。
スキルレベルが2となり、その飛行時間は1時間と大幅に改善されてはいたが、この富士ダンジョンではしばしの休憩を余儀なくされていた。
しっかしかれこれ1時間、まだ2階層への通路なんてものは表示されない。
かなり頑張って飛んだつもりだが、流石日本最大の巨大フィールドってところか。
う~ん、となればそろそろドキドキジェットのクールタイムが終わる時間。
フライのレベルをもうちょっと上げておくか。
30分のクールタイムを終えると賢斗はまた夜空に飛び立つ。
キィィ―――ン
ドキドキジェット、発動っ。
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
『ピロリン。スキル『フライ(ノーリミットカスタム)』がレベル3になりました。特技『大気圏再突入プロテクト』を取得しました。』
キュィィ―――ン
うわっ、また加速した。
くそっ、レベルが上がる度にスピード調整が難しくなっていくなぁ、このスキル。
とはいえ飛行時間の方も2時間に延長は狙い通りだな。
にしても『大気圏再突入プロテクト』ってなんだ?
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『大気圏再突入プロテクト』
種類 :アクティブ
効果 :耐超高熱防壁膜を構築し、1万度を超える高熱から身体を守る。効果時間1時間。クールタイム30分。
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う~む・・・まあ大気圏再突入時は断熱圧縮とかいう良く分からん現象で滅茶苦茶高温になるって言うしな。
しかしこんな特技必要か?
これってその前に宇宙に飛び出してることが前提になってるんだが。
スピード性能が高い癖にその性能を発揮しようとすれば風圧で身体が持たんし息もろくに出来ない。
もっと他に改善するポイントがあるだろうっつの。
ホ~ントこのスキルの取得特技って使えないのばっかだな、ったく。
○午後11時○
(ちょっと賢斗君早く帰ってきなさい。
もうこんな時間だし、まさか何かあったの?)
(あっ、先輩。心配ないですって。
最低限2階層への通路くらいは見付けておかないとって思ってたら、こんな時間になっちゃってました。)
(ふ~ん、でもだったら連絡くらいしなさいよ。
こっちは心配でベットに入る事も出来ないんだから。)
(あっ、そうですね。連絡くらいはしておくべきでした。)
(うんうん、分かったらなるべく早く帰ってきなさいよぉ。
みんなまだ起きて君の帰りを待ってるんだから。)
(了解です。)
おおっ、美少女達が眠い目を擦りながらこの俺の帰りを?ふふっ、これは急いで帰ってやらねば。
○午前0時30分○
おっ、ようやく5km前方に2階層への通路らしき表示が。
いやぁ~長かった。
シュタッ
地面に開いた横長の大穴の前に降り立つ賢斗。
ったく、広すぎだろ、富士ダンジョン。
その横穴に足を踏み入れた賢斗は音速ダッシュでその通路を駆けて行く。
そこに出現した野犬型の魔物のレベルは1階層の通路に居た個体より少しレベルが上といった程度。
そいつ等を稲妻ダッシュで交わしつつ2階層への出口が見えたのはその10分後の事だった。
○午前1時 コテージリビング○
急ぎ帰還申請を済ませコテージに戻った賢斗。
しかし屋内の明かりは全て消灯し静けさに満ちていた。
俺の帰りを心待ちにしている美少女達は何処に?
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○7月14日日曜日午前8時 屋根裏部屋○
いやぁ、今日は賢斗さんを起こしてくるという大役を任されちゃいました。
トントン、ガチャリ
「賢斗さぁ~ん、朝ごはんですよぉ~。」
やはりこれはまだおネムの様ですねぇ。
円は布団にくるまる賢斗の肩に手をやると優しく揺すってみる。
この程度ではダメですか。
ではもう少し頑張ると致しましょう。
ユサユサ
「うっ、う~ん。」
ゴロン
少し呻きながら寝返りを打つ賢斗。
掛け布団が捲れうつ伏せになったその瞬間、円の視線はその背中に釘付けとなる。
徐に部屋の出口へと歩き出す円。
ガチャ
ドアに鍵を掛けたその顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
これでもう誰も見ていませんから大丈夫です。
円は喜々として寝ている賢斗の背に馬乗りになった。
こうして賢斗さんのお背中の上にまた乗れる日が来るとは。
クンクン、スリスリ
むふぅ、準備完了。行きますよぉ~。
ふんっ。ふりふり。
あの時みたいに浮いては来ませんが、ベットの上だと気分も上々ですねぇ。
ふんふんっ。ふりふり。
「うっ、う~ん。」
おや、このままでは賢斗さんが起きてしまいそう・・・
これは急いだ方がよさそうですね。
ふりふりふりふり・・・ビクンッ
あんっ・・・
「うげっ!なっ、円ちゃん?
何やってんのっ。」
「おはよう御座います、賢斗さん。
賢斗さんの寝起きがあまりにも悪かったので、少し強硬手段に出させて頂きました。」
「あっ、そっ、そう・・・なんだ、起こしてくれてたのか。
あ~、ビックリした。」
むふぅ、この様子なら次もイケそうですねぇ。
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○朝食時 ミーティング中○
朝食を取りつつ昨日の富士ダンジョン内の状況を説明していく賢斗。
「へぇ~、そんなに広かったのぉ。
それなら探索が2階層止まりだったとしても仕方ない、というかかなり頑張ったって感じね。」
「でも1階層の魔物からレベル10を超えてるなんて、やっぱり富士ダンジョンは凄いところです。」
「うん、だから魔石稼ぎをするなら俺達のレベル的に考えて現状1階層で十分って感じかな。
円ちゃんのキャットクイーンシステムがあれば、幾らでも狼型の魔物は倒せそうだったし。」
「そうねぇ、そんなに出現する個体数が多いならそっちの目的としてはそこまで深場に進む必要なんてないかもね。」
「ええ、そしてもし余裕がある様なら、先輩と桜は円ちゃんに1階層は任せて2階層の魔物を相手にするなんて作戦も有りだと思います。
そっちの方が効率が上がると思いますし、下手すると円ちゃん一人の方が稼ぎが上になるかもでよ。」
「はい、今日の私は元気百倍。
一階層の魔物など私と小太郎が居れば十分ですよ、皆さん。」
あの虚弱体質だったお嬢様が元気百倍ねぇ。
いや~ご立派になられたものだ。
「うぉ~、円ちゃん絶好調ぉ~。」
「ええ、今日の私は何時になく気分も身体も絶好調です。」
まっ、こういったみんなとのお泊りイベントは寂しがり屋なお嬢さまとしちゃあ誰より嬉しいだろうしな。
「それで賢斗君、今日の予定はどうするの?」
「それはまあ俺は取り敢えず単独でお膳立ての継続。
皆には1階層と2階層に先ず転移で連れてくから、そこで良い狩場でも見つけて魔石稼ぎとかしつつ、そのフロアの詳細探索をして貰う感じで。」
「りょ~かぁ~い。」
「でも富士ダンジョンのフロアってかなり広そうだし、調べるって言ってもかなり限られた範囲になっちゃいそうね。」
確かに詳細探索なんつったら1フロア数か月くらい掛かっちまいそうだよなぁ・・・下手すりゃ年単位。
「まあそれはそれ、6日間しかないんだし俺達の出来る範囲でって事ですよ。
あと桜は皆をダンジョンコアの部屋まで一回連れてってやってくれ。
先輩と円ちゃんにも富士ダンジョンで扱ってるジョブを取得して貰わないとだし。」
「あっ、そうだったねぇ~。」
「むふぅ、いよいよSRランクの獣姫が取得出来るのですね。楽しみです。」
とまあ予定は立ててみたものの今問題なのは俺のお膳立ての方だよなぁ。
昨日2階層までの転移ポイントを確保できたのは、間違いなく伊集院が持っていたあのステッキのお蔭。
あのマジックアイテム無しにあの広大なフロアから次階層への通路を見つけ出すとなると・・・
「水島さん、何かこう次の階層までの方角を指示してくれるステッキ状のマジックアイテムってありません?」
「えっと、多田さんが言いたいのは、方角ステッキの事ですかね。
でもあれ良い奴は結構しますよ。最上位グレードの方角ステッキ100ですと200万円しますし。」
ん、方角ステッキ100って事は100%当たるって事か?
「いや、そこまで良い奴じゃなくても良いんで、50ってのは無いですか?」
「ああ、方角ステッキ50ですと120万円です。
でもそれだと一番出るグレードなので、取り寄せで一週間程掛かっちゃいますね。
ちなみにその下の方角ステッキ10だったら在庫も十分お値段何と10万円という多田さん価格でご提供できますけど。」
その多田さん価格という失礼な言い回しはショップ店員の肩書を持つ者として如何なものかと思いますよ、水島さん。
いやまあそれはそれとして10%の的中率じゃ、ハズレとの見分けもつかんだろうに、そんなの買う奴居るのか?
とはいえ肝心な事を忘れていたな・・・一週間待たされては意味がない事は元よりそんなものを買える資金力が今の俺には無かった。
くそ~、このマジコンが終われば、きっとそれなりに資金力が回復するだろうに。
「ローンも出来ますよ。た・だ・さん♪」
ぐふっ、何と絶妙なタイミングの悪魔の囁き・・・やるな、水島殿ぉ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午前9時 下見2日目のダンジョンへと向かうシーン○
コテージを出発した一行は先ず探索者協会支部へと向かう。
まさか先輩にサンバカーニバルを着用せしめた実力の矛先が俺になるとは・・・もうちょっとでローン組まされるとこだったぜ、ふぅ。
賢斗達が協会支部までやってくるとその前には長刀を背にした若者の姿。
あっ、やっぱり居たなぁ。
早くダンジョン入っちまえば良いだろうに。
近づくと当然の様に声を掛けてくる伊集院。
「よう、多田、偶然また会っちまったな。」
何処が偶然なんだよ。
(誰?この人。賢斗君。)
(ああ、只の高校生最強ですよ。
悪いんですけど先輩、俺の分の侵入申請もしてきて貰って良いですか?)
(うっ、うん。わかったわ。)
「昨日の今日で何だが、これでは今日も約束通りお前を誘ってやらねばなるまい。」
こっちはそんな気使ってもらわなくて結構なんだがな。
「ああわかったよ。
仕方ねぇから一緒に連れてってやるさ。
お前が泣いて喜びそうな富士ダンジョンの深階層までな。」
「ほう、良いぞ良いぞ、その五分五分な言葉使い。
ようやく三文芝居を止めた様だな。」
まっ、服部の奴は直ぐ怒っちまうけどな。
こいつの様な実力主義者とは案外相性が・・・っとイケないイケない。
「でも勘違いすんなよ。
お前とコンビを組むのはこの大会の下見期間の間だけだ。」
事この下見期間のお膳立てに関してはこいつの持つステッキの力は必要不可欠。
となれば代わりに俺がこいつを下の階層まで一緒に連れて行ってやれば、後腐れの無い互いに利がある共闘関係の出来上がりって訳だ。
「まあ今はそれでいい。
人の感情など移ろい易いもの。
そのうちお前の気が変わる時も来るだろう。」
また妙な事言い出しやがって・・・
「そんな時は来ないっつの。」
よし、こいつにはこの大会が終わったらまた精神洗浄してから別れよう、うん。
次回、第百十七話 富士ダンジョン攻略の鍵。




