二十四☆【後編】泰斗の精神……柚葉最後の日……。
金色の微笑み……。
「柚葉。今二人きりにしてもらった。色々と聞きたいこともあるんだ……お願いだ。答えてくれ……」
啜り泣く音が次第に大きくなってゆく。コウが話し続ける……
「おれは……おれ達はお前を忘れてしまうのか?……」
「……わからない……」
柚葉の暗く低い声。小声ながら震えているのがわかった……
「何がどうなってるんだ?……」
「わからないよ……」
「おれや柊や皆はお前を待っててもいいのか?……」
「ダメよ……戻ってこれないと思うから……」
「お前は!このまま離れてしまってもいいのか?……」
「いいわけない!……いいわけないじゃない……でもどうすればいいのかがわからないのよ!……」
「……そうか。そうだよな……」
柚葉の声と啜り泣く音が感情に比例して大きくなる。コウが冷静さを取り戻そうと、柚葉の部屋の扉に寄り掛かり、そのまま腰を床につけ改めて柚葉目線で考え始めていた……
もう会えない……この世界から居なくなる……それはもうこの世界での『死』と変わらないのではないだろうか……。
誰にも会えなくなる。話せなくなる。誰にも触れられなくなる……いや、まだ『死』の方がマシなのかも知れない。一緒に過ごした記憶すらも消されてしまうのなら存在しなかったのと一緒だ。生まれていなかったのと何も変わらない……。
本当にそんなに簡単に柚葉を忘れてしまうのか?いや、……以前に柚葉の記憶を失っていたことを考えればあり得ないことではない……。
「……わたし……どうすればいいのかな。どうすればみんな悲しまないかな……」
「……そうだな。きっとその方法はないんじゃないか?……」
「ずっと考えてたの……」
「そうか……柚葉は大事なところは自分ではなく他人を優先するからな……」
「そんなことない!何度も想ったもん……コウのことをなゆりも好きってわかった時、どうすればなゆりよりも好きになってもらえるかとか!あんたともっともっと一緒に居たいとか……」
「おう。ははっ……ツンデレタイムか……」
「こんな時に茶化さないでよ……バカ……」
「茶化さないでやってられっかよ……こんな非現実的なこと、素直に受け入れられる訳がないだろ……柊が黙ってたらおれは何も知らないままお別れだったんだぞ?」
「その方がいいかもとも思ったのよ!結局忘れちゃうじゃない……」
「ばーか。おれが忘れるわけないだろ?」
——コウの言葉が柚葉の記憶を遡らせた……
「ん?柚葉。何してるんだ?」
「こんなに大きな木ならずっと無くなることはないのかなぁと思ったの。このわたしの好きな場所にコウが忘れないように彫って残しておこうかなぁって……あとはちょっと自慢したいのかな?今日の約束の記念よ」
「おれが忘れるわけないだろ。しかぁーし!おれもかーく!……こーしてー。こーしてー。あ。いつも呼んでる苗字の方かいちった……」
「ふふっ。でもその方が自然なんじゃない?」
柚葉の彫った字の隣にコウが『柚葉』と彫った。
「明日や明後日のことではなくて、これからずっと先の十年、二十年と時が経った時にこの日を忘れてしまわないように刻んでおくの……今日の日付を入れて……よしっ!」
「そうだな……でも二十年経ったらそれこそ忘れないだろ」
「まぁ確かにコウなら忘れないでいてくれそうだわ」
「なんだよ。それいい意味??」
「どうだろうね〜?教えなーい」
「もーう。あ。そろそろ時間遅くない?帰るか?」
「うーん……もうちょっと居たい!」
コウを正面から覗き込みながら前のめりの姿勢で満面の笑みで柚葉がそう答えた。その後にコウの方が照れながらはにかんで答える。
「お、おう……」
そのコウを見てからかおうとする柚葉。
「あら〜?てーれたっかな〜?」
「っばか!照れてねーし!!……あっはははっ」
「ふふっ、あははっ」
「……わたし……楽しかったな……」
「おう……」
「……もう……会えないのかね……」
「……あー。もうわかんねぇけど……お前が好きだった……」
「……何で!?……何で今そんなこと言うのよ!」
「んなこと!……好きだからに決まってっだろ……」
「……でも、もう!……」
「お前はあほちゃんか?……会えなかろうが会えようが。好きな気持ちは誤魔化せやしないだろ……」
「……そうかもだけど……」
「きっとそうなんだよ……難しく考えたって複雑になるだけだ……お前のことをめっちゃ好きだよ……」
「……もう……バカ……」
柚葉の涙が再度溢れ出す……止まらない涙を両手の指の腹で拭うが拭いきれない量の涙に、ただただ埋もれるしかなかった。
「ただ……おれがはっきりできなかったのは、柊がいたからだった……おれは二人と約束をしてしまっていたから……だから何もできなかった……苦しませてごめんな。最後ぐらいこんな話しをしてもいいだろ?ってかしなきゃダメだろあほ柚葉!」
「ううっ……もう……」
柚葉の体が、皮膚の表面がキラキラと光りを放ち始める……
「あ、ああ、コウ!わたしもう!消えちゃうかも!」
「お前がそうやって引きこもってるからだろ!最後ぐらい顔を見たかったけどな」
柚葉の部屋の扉が勢い良く開く。それは柚葉が最後にコウの温もりを求めたから……コウの顔を見たかったから……
立ち上がるコウと目が合い柚葉が飛び付いた。その勢いに倒れそうになるが、コウがしっかりと抱き締める。
その温もりは時を止める魔法を掛けたようだった……
「……うぅ……あったかいなぁ……」
「そうだな……」
「わたしはあんたがいたからがんばれた!あんたがいたから楽しかった!……もっと一緒に居たいよ……」
「ああ……」
「離れたくない……」
「ああ……」
「忘れたくない……絶対に忘れない……」
「ああ。忘れない。もし忘れたとしてもまた見つけてやるよ。今までみたいにな……」
「コウ。わたしは愛する想いを失っていた時だってあんたを見つけてみせた……」
「わたしも……ずっとずっとあなたを好きだったわ……」
金色に縁取られた微笑みは儚げで可憐で……そして……美しく……やはり天使のようだった……。
「……ったく……おまえは本当に……って、ゆず……は……」
柚葉が一瞬で光の粉の塊に変わり、コウに降り掛かる。
驚きの表情で多くの光の粉の全てを一つも零さないようにコウが受け止めようとするが、その粉は眩しい程にキラキラと輝き、そして地面に落ちるのではなく戻るように浮かび上がり、コウの数メートル上方で消滅した。
「……なん……なんだ……」
辺りを音の無い空白の時間が流れる……
時が止まっているかのような空間が支配し続けていた……。
「おい!こう!何やってるの?厨二病ごっこ?」
「そうだぞこーに〜覗きか〜?きゃはは!」
「……」
「……んっ……何だ……この感じは……」
時の歯車を再び回したのは邦正と楓の声だったのかも知れない。
目が覚めた時に、見ていた夢が何だったのかを思い出せそうで思い出せない……そんな歯痒い感覚をコウは感じていた……。
「なぜ……なぜおれはここにいる……」
柚葉がこの世界から消えてしまうと同時に、柚葉との記憶は消え、柚葉を連想させるもや関わりのあった事象が消滅していた。スマホにすら柚葉がいた形跡は残っていなかった。
「おい、おれ達何でここに居るんだ?」
「きっと理事長に呼び出されたんじゃない?」
「またに〜なんかやったのか〜?」
「またって何だよ。えんじぇるの件以外で理事長とは接点はなかった筈だけどな」
「まあいいでしょ。てかおれ、お腹減って痩せちゃいそうなんだけど」
「大丈夫だ。まだ健在だ。ん?柊?どうかしたか?」
「いや、少し考え事してただけ……」
「そっか。よし。取り敢えずえんじぇるに戻ろうぜ」
「……私ごめん……直ぐにやらなきゃいけないことを思い出したの。先に返ってもいい……かな?」
「ピアノか?今日は大した集まりではないし全然いいだろ」
「今日は急ぐね。ごめんなさい!」
みんなと別れた後でなゆりが真剣な表情でメモを取っていた。
「これは何だろう……神様の声が脳に直接響いたみたいな感覚。名案を閃いたかのような感覚。私は……今、これをやるべきだ……」
こうして柚葉の誕生日だった今日は無情に終わりを告げた。




