二十二☆【後編(下)】犬なの?クマなの?……忘れないよ……。
無口なパパからの少しだけ長いメッセージ……。
柚葉のパパが優しい顔でしおんを見つめながらゆっくりと語り出した……
「このぬいぐるみはね、しおんが生まれた日に父さんが買ってきたんだ……生まれたばかりで何をしてもしおんが泣き止まない時も、このぬいぐるみはなぜか何度もしおんを笑顔にしてくれた……しおんが物心ついてからはしおんはそのぬいぐるみのことをラモルと呼んでいた。しおんがよくぬいぐるみとお話をしていたのを覚えている。不思議なことにママがいなくなった日に一緒にラモルもどこかに消えてしまった。しおんはその頃ママのことと、ラモルのことでずっとずっと泣いていた。父さんは何も出来ずに会社を休み、ただただずっとしおんの側にいることしかできなかった……しおんはママとラモルを同時に失ったことをきっと辛すぎる記憶と捉え、忘れることで平静を保っていたのかもしれない。それからはしおんはラモルのことは一切口にしなくなった。だからこの場所のこともしおんが大きくなってから伝えようと黙っていたんだ……この場所はお母さんとの思い出が沢山あり過ぎる。それがきっかけでしおんがまた疲れてしまうといけないからね。今はしおんには素敵な友達が居るみたいだ。今ならきっと大丈夫だと思いここへ連れてきた……」
ママからのプレゼントをきつく胸に抱いて柚葉が心の底からの震えた声で囁く……
「何よママ……もう……プレゼントはここに沢山届いているわよ……」
柚葉はぬいぐるみを胸にあてたまま涙が溢れていた……。
止まらなく流れる涙が何年も塞いでいた感情と重なり感情が流れ出るように止めどなく溢れる。
感情と共に忘れかけていた記憶が一つまた一つと湧いてきた。
眠れない夜に眠るまでママに頭を撫でてもらったこと……
泣いて帰ってきた時にもママはいつも話を聞いてくれて励ましてくれたこと……。
ママと過ごした日々が走馬灯のように駆け巡る……
一番最後のママとの思い出がはっきりと蘇った……。
柚葉は原因不明の病に倒れ寝込んでいる。ママがいつものようにご飯を食べさせてくれる。そしてその日はいつもよりもママが悲しそうな顔をしながら柚葉を抱き締めてこう言った。
「ねぇしおん……これからしおんは色んなことを経験して、時には辛く悲しいこともあるかも知れない……でもそんな時もしおんが笑顔になれるような仲間と……」
「あなたの場所を探しなさい……」
柚葉は高熱の中でもしっかりと頷きママに笑顔で答える。
「うん。どうしたのママ……とても悲しそう……」
「……う、ううん、なんでもないわ。ママはしおんのことが大好きよ」
そう言って頬ずりをしてママは涙を零していた……
「しおんもママのことが大好き。あれ?ママどうしたの?どこか痛いの?」
「ううん……大丈夫よ。もう少し……もう少しだけしおんとこうしていたいの……」
「少しではなくずっとだっていいわ……しおんは……ママの味方よ」
「ふふっ。やだわ……涙が止まらない。ありがとね。しおん……大好きよ……ありがとう……」
「ママは泣き虫だなぁ……ふふっ」
柚葉は怖い程鮮明に湧き上がる記憶に鳥肌がたった。自分の心を守るように腕を組み、小刻みに震える指先をそのままで囁く。
「わたし……あの時、どうしてママの気持ちに気付けなかったんだろう……」
ラモルがそんな柚葉を励まそうと近づいて来た。
「しおんはな〜んにも悪くないよ!」
するとラモルがしおんを見守るような笑顔で何かを伝え始める。
「七年間位かな?……しおんと一緒にいれてとっても楽しかったよ。僕も喋りたかったからしおんのお話を沢山聞いて頑張って覚えたんだ。お散歩もできて凄く楽しかった……しおんとのこの沢山の思い出は僕の唯一の宝物。絶対に……忘れないよ……」
「何よ……何よそれ……待ってよ!まるでお別れをするみたいじゃない!」
急なラモルの言葉に必至に抵抗する柚葉。涙でぐしゃぐしゃになる顔を、柚葉は少しも隠そうとはせずに思いの丈を懸命に伝えようとする。
「ごめんねしおん。残念だけど僕は人間になれた訳ではなかったみたいなんだ……思いを一時的にママに魔術でカタチにしてもらっているみたいなんだ。きっとそろそろ……お別れの時間……」
「ラモル!ダメよ!ずっと一緒に居るって約束したじゃない!!」
柚葉は懸命に思いを訴える。流れ続ける涙が感情と共に極めて高まり止まらない……。
「ごめんね。その約束はまた喋らなくなったラモルが必ず果たしてくれるから。これからも一緒に遊ぼう」
「ダメよ!これからも喋ったり歩いてよ!護ってくれるって言ったじゃない!」
「ごめん……僕ももっともっとしおんと一緒にいたいし話をしていたいんだ。話せなかった僕がしおんと共に過ごした時間。しおんと会話をしたりお散歩して過ごした楽しい時間。しおんが教えてくれたこと……しおんが抱き締めてくれたこと……その時のしおんの優しい匂い……しおんが淹れてくれたコーヒーの苦かったことや美味しいミルクの味も……全部、全部!ぜーんぶ!!……一つも。忘れないよ……」
「イヤよ!!もっともっと素敵なことも美味しいものもあるのに!!まだダメよ!!」
幼い頃の別れの辛かった記憶を思い出してしまったのか、見境なく思いを訴える柚葉。どうにかしてラモルといて楽しかった時間が少しでも続くようにと願いを叫び続ける。
「ふふふ。しおん子供みたい……ありがとね。僕はしおんのことが本当に本当に大好きだよ。ずっと僕はしおんと一緒だから大丈夫!」
「子供でもいいわよ!!子供でいいからいなくならないでよ!!」
「うん。大丈夫。僕はずっとしおんの側に。ココに居るから!……」
そう言ってラモルがぬいぐるみに入って行くようにスッと姿を消してしまった。
辺りは一瞬静けさに包まれ息を呑む……。
驚きと悲しみの表情に濡れる柚葉が心の叫びをラモルに届けようとする。
「ラモルーーー!!!」
ラモルはもう動きもせず、返事もしなくなってしまった……。
壊れてしまいそうに号泣する柚葉。涙で視界はほぼ見えないまま、柚葉はぬいぐるみのラモルを撫で続けていた。
なゆりが柚葉の側でずっと背中をさすっている。
コウは何も言えずに見守ることしかできないまま、ただただ柚葉の側に居続けた……。
数十分が経って少し落ち着いてきた気持ちから柚葉がぬいぐるみに寄り添った時、ぬいぐるみから土の匂いがして柚葉はハッとする。
「ラモル!?……」
そう呼んだ直後にぬいぐるみが楽しそうに喜ぶラモルの表情と重なり柚葉がまたハッする。柚葉がラモルをぎゅっときつく抱き締め続け呟く。
「もう。ママのバカ……わたしがこんな風にぬいぐるみを抱きしめてるとこを見れられたら皆に笑われてしまうじゃない……」
コウたちは決して茶化すことはなく、ホッとした表情をしながらあたたかく見守っていた。
コウがなゆり、楓、邦正と目配せをし、みんなの思いを代弁するように柚葉に近寄った。
「柚葉……おれ達がいる……だから大丈夫だ」
柚葉は顔を上げみんなを探すように見渡した後に、そっと笑顔になり、隠すことを諦め放置していた涙に濡れた顔を指の腹で拭った。
その後に誰にも聞こえない程の小さな声で柚葉がぬいぐるみに向かって囁く……
ラモルとママだけに届けようとする声で……
ぬいぐるみの耳元で……
「わたしの場所……もう見つかっているもの……ママ。ラモル。ありがとう……」
そう言ってまた一筋頬を伝う涙はほうき星のように流れた……
淀みなく澄んだ、限りなく春に近い寒空の下、柚葉の笑みがラモルやママにも届きそうな明るさでそっと……そっと……
静かに輝いていた……。




