二十二☆【後編(中)】犬なの?クマなの?……忘れないよ……。
柚葉パパとの約束……。
楓と邦正も頭を下げる。そんなみんなの言動や行動に柚葉が大きな瞳を見開き、驚きや嬉しさの混じったような表情で見ていた。柚葉パパは無言で柚葉に視線を向けている……柚葉は柚葉パパと目が合い、ばつの悪そうのに視線を逸らした。
「「お願いします!」」
強い思いの束がいくつも重なり……柚葉パパの硬く塞いだ何かをノックし続ける……
柚葉パパは一つ溜め息を吐き、心を決めたような落ち着いた優しい声で話し始めた。
「そうだな……しおんには素敵な仲間ができたようだね。ママもきっと喜ぶだろう。皆さん、しおんのことを気に掛けてくれてありがとう。だが今日はもう遅い。今度の土曜日にこのメンバーでドライブに行きませんか?しおんに見せたい場所がある。皆にも是非来て欲しい」
柚葉パパの意味深な言葉に誰もが柚葉ママの真意を想像せざるを得なかった。待ち合わせの時間の約束をし、その日は直ぐに解散した。
それからと言うもの、柚葉は食事をする時も、散歩に行く時も、お風呂に入る時も、歯を磨く時も、寝る時も、起きる時も、学校に行く時も、何をするにもいつでもラモルと一緒に過ごしていた。
ママの真意を想像すると正直怖いところもあり、しおんは父との二人きりの時間を多少避けてしまっていた。柚葉は眠れない夜が続いたが、いつでも側にいて柚葉を常に必要としてくれるラモルはとても愛らしく、柚葉を不安から遠ざけ温かな安らぎを与えてくれていた……。
柚葉はもうラモルがいる日々が当たり前になり、そんな新しい日常を受け入れていた。
約束の土曜日……。
約束の日が訪れた。まだ風は冷たいが日向はとても暖かい。待ち合わせをした柚葉邸から予定通りに車を走らせる柚葉パパ。車内の話題はコウ達が気を遣い全く関係の無い話題だったが、柚葉はいつもの笑顔になることは一度もなかった。
柚葉パパ以外は誰も行く先を知らぬまま三十分程走った所で、駐車場に車は停められた。
車から出ると柚葉は香りと景色に懐かしさを感じていた。薄っすらとこの場所に覚えがあることに気付き始めるが、上手く思い出すことが出来ない。もやもやする気持ちを誤魔化そうと、ラモルをぎゅっと抱き締め続けている柚葉。
柚葉パパは必要最低限の会話以外はまだ何も語らないまま、ただただ先頭を歩いていた。
すると突然ラモルが柚葉の手から離れ歩き出した。柚葉パパよりも先を歩きみんなを導くラモル。柚葉パパは動くラモルを見て表情は驚いてはいたが、感情を声に出すことはなかった。
先頭をちょこちょこと歩くラモルにコウ達はゆっくりとついて行く。数分歩いた所でラモルが振り返った。
「ねぇしおん。よくママとパパとここで遊んだよね。覚えてる?」
この場所の懐かしい景色とラモルの言葉が断片的に思い出していた記憶を繋ぎ合わせる。
「そうか……そうだったわ……」
ラモルが楽しそうに柚葉に語り掛ける。
「ママのやっていたこと。ママの残したこと。ママの目的。僕がママから預かった伝言があるから伝えるね。魔術の書にはママの仕掛けがあったんだ。もしものことを見越してしおんが本に触れると術が作動するようになっていた。しおんが簡単な魔術を選ぶのもママの仕掛けの一つ。そしてママの真相をしおんが探る可能性もママの想定の範囲内。しおんの七才の頃に原因不明の生命に関わる危機があったから、それをママが最終手段の魔術で治したんだ。その際に対価としてママは未来を奪われてしまったの。ただそれもママの想定の範囲内だったので、その前にママは魔術を使いしおんへの仕掛けを仕込んでいたんだ。それはしおんが本当の意味で素敵な人に成長出来るように……」
そう言ってラモルが手品を見せるように手を動かすとポン!と言う音と共にママからの手紙が現れた。その手紙をラモルから受け取り、ゆっくりと開き読み始める柚葉……
最愛なるしおんへ
ずっとしおんの側に居たかったのだけれど、しおんがこの手紙を読んでいるってことは、それができなくなってしまったのだと思います。とっても残念だわ……。
しおんは原因不明の重症でお医者さんにも治せなかったの。わたしはしおんのことが大好きだったから何が何でも治そうと思ったの。
答えは魔術しかなかった……。
ただママはきっとこうなるだろうと予想をしていたから、幾つかの魔術を重ね掛けて先を見越してしおんの成長を導こうとしたの。ママはしおんのことが何よりも大好きだから。
しおんはとても気の強く正義感のある子だから、これからぶつかってしまうことも多いと思うわ。ただ、このママの作った逆境や困難も乗り越えて来れたしおんなら、きっと大丈夫だと信じてる。
魔術はね。発動させてしまうと対価として相応のものを奪われてしまうの。しおんが発動させたようにみえた未来を覗く魔術は、ママがしおんを導く為に仕掛け発動をさせたものなの。だからしおんには全く害は無いわ。
パパにも魔術のことは詳しくは話せていなかったんだけれど、魔術は知ってしまうと理性を保てずに禁忌に触れてしまう者が多いの。ママは居なくなる前に手紙でパパに「部屋はそのままにしておいて」とだけ残したからパパはその約束を守り続けてくれたと思うの。パパは優しく誠実な人だから……。
魔術にはもう触れないようにこの手紙を読み終えたら魔術の書も消滅するようにしてあるわ。だからパパもしおんも魔術はもう使ってはダメよ。それだけは約束をしてね。
最後に、この手紙を読み終えたらしおんへプレゼントが届くようにしてあるの。
もうきっとしおんは大きくなっていて、好きなものも変わってしまっているかも知れないけれど、しおんが小さかった頃に大好きだったものよ。
離れていてもずっとずっとママがしおんを見守っているからね……
だから大丈夫……
ママが応援している……
しおんを心から愛しているわ。
P.S.しおんにもパパみたいな優しく素敵な人が見つかりますように……。
手紙を読み終えると手品のように手紙はシュッ!と鳴り一瞬で燃え尽き、残った灰も風に吹かれスーッと消えてしまった。その手紙の消滅の後、再度ポン!と鳴りプレゼントらしき物が現れた。
「これ……このぬいぐるみは……」
そのラモルに似たぬいぐるみを手にした柚葉に、幼い頃の記憶が流れ込んだ。それはこの場所の昔の記憶……遠い記憶の中で柚葉ママと柚葉がそのぬいぐるみのことを話している……
春の陽射しの中で彩りのある草原にシートを引きピクニックを楽しんでいる柚葉パパと柚葉ママと柚葉。
幼い柚葉が柚葉ママに自慢気に何かを話そうとしている。
「ねぇママ!わたしね。この子に名前をつけたの。ラモル!いい名前でしょ?」
「まあ!とっても素敵な名前」
クルッと回転しスカートの裾をなびかせ嬉しそうに続ける。柚葉パパは無口に何も告げないが、視線は柚葉と柚葉ママと交互に向け二人を優しく見守っていた。
「わたしラモルのこと大好きなの!」
「それはよかったわ。ラモルもしおんのことを大好きみたい!だってずっと一緒にいるもの」
「ふふっ。ねぇママ。ラモルはなんで喋らないの?」
薄ぼやけた記憶の中で柚葉ママは柚葉に優しく微笑みかけながら告げる。
「そうね……ラモルはまだ言葉がわからないみたい」
「ならお話をしおんがいっぱいしたら分かるようになる?」
「ふふ。そうね。しおんがラモルに優しくお話をしてあげていたらきっとなるわ」
その答えがとても嬉しかったようで、膝を立て体育座りをしている柚葉ママの膝に柚葉は手を付き、身を乗り出し柚葉ママを見つめながら会話を続ける。
「ならしおんがいっ〜ぱいお話をする!そしていっ〜ぱい優しくしてあげる!ラモルと一緒にお外にお散歩に行きたいなぁ」
そんな幼い柚葉を柚葉ママが両手で抱きかかえた。柚葉もしっかりとラモルを抱え続けている。
「それは素敵ね。ラモルがお話をできるようになった時にはきっとお散歩もできるようになるわ」
「やった!!なら今からラモルとお話をしなきゃ!」
「そうね。しおんはいい子ね」
魔術で眠らされていた時に見た、夢なのか現実なのか曖昧に思っていたシーンそのままだった。
幼い頃にぬいぐるみと一緒に過ごしていた夢。それは夢ではなく、強い思い入れがあった記憶だった……
このぬいぐるみと関連性の強かった記憶……閉ざしていた記憶を取り戻した柚葉が真実を知り茫然と呟く……
「あれは夢なんかじゃなくて幼い頃の記憶だったんだ……ラモル……わたしがつけた名前……」
大好きな感情をどうしようもなくなり忘れることしかできなかった存在……
平静の心を取り戻す為に忘れかけていたラモルとのこと……。
他の多くのラモルとの時間を再び思い出そうとしても、今の柚葉には引き出すことのできないところにラモルとの想い出はしまい込まれているようでうまく取り出すことができない。
ラモルが愛おしくて……
忘れることしかできなかった弱かった自分が悔しくなり感極まり柚葉は声を押し殺そうと手で口を塞いだ……。




