十八☆【前編(下)】泰斗の記憶……文化祭準備……。
そのままの笑顔……。
記憶のない泰斗も自分の家は分かるとのことだった。かなり近いらしく、ただ方面が違うので泰斗とは正門を出て直ぐに別れた。コウがなゆりを送ることになった帰り道。
この辺りの店の看板の明るさも柚葉邸へ向かう時よりは減っていた。
花火を見終え、その後に懐かしさに会い、心にもほんのりと温かい南風の吹く夜道を歩く。
「花火綺麗だったなぁ……なんか四人で話すの懐かしくて楽しかったね!」
「そうだな。あの頃に戻ったみたいだったな。人って時間が経ってもやっぱり芯の部分は変わらないものなのかもな」
「そうだね。私もそう思う」
「普通に泰斗だったもんな……おれの思い過ごしかもな」
「え?どう言うこと?」
「花火を終えて泰斗を見た時に嫌な予感がしたんだ。何かを忘れているような感覚だった」
「そうだよね。泰斗くんの記憶の無い時間のこととか気になるもんね」
「そう。まぁ今日のところは何も無かった訳だし。楽しかったからいいんだけど」
「桐宮くん。ありがとね」
「ん?なに?ん??」
「無くしてた記憶のあの時……私を外の世界に連れ出してくれたのは桐宮くんだった。それがなければ今日のこの一時の感覚は知ることができなかったと思うの」
なゆりの笑みが月明かりに照らされ黒い髪が輝いて見えた。コウはそれに見惚れていたことに気付き、はっと我に帰る。
「……んっ、いやいや。こちらこそだろ。柊が居なければおれの高校生活は単調なものだったんだ。それが今は一難去ってまた一難。って、あら?悪い意味ではないよ!こんなにも充実している」
「ふふ。うん。大丈夫。表情を見てるとなんとなくわかるようになってきたから」
「ん?何を?」
「嬉しいのとか悲しいのとか。今の気持ちが良いとか悪いとか」
「それは嬉しいことだ。でもちょっと恥ずいね。全部もうおみとうしじゃん」
「ふふっ。全部ではないけどね。じゃあ私の家もうそこだから。送ってくれてありがとう」
「ああ。またな」
「うん。またね。気をつけてね」
「男だから大丈夫だろ」
「ふふふっ。おやすみなさい」
別れ際のなゆりの笑みが焼き付いて離れなかった。当初はよくぎこちなくはにかむような笑顔を作っていたなゆりだったが、とても自然なそのままの笑顔を浮かべていることがコウは嬉しかった。
勿論なゆりの声も、コウと約束をした日からはずっと低い方ではなくそのままの高さだった。
柚葉と泰斗……。
次の日のこと。柚葉は泰斗の家を訪ねた。小学生の頃はよくお互いの家で遊んでいた。
その頃によく使っていた近道の細い裏道を通ると、柚葉は懐かしさを感じていた。
泰斗の家は平屋で一階建てだ。この辺りでは土地を多く持っていて横に長い作りになっている。
泰斗を遊びに連れ出す時はいつも玄関からではなかった。柚葉はいつもそうしていたことを思い出し、家の裏に回り込み、泰斗の部屋の窓を叩いた。泰斗がそれに気付きゆっくりと顔を出す。
「柚葉か。どうした?」
「あんたどうせ暇でしょ?今からとにかく家に来なさい」
そう言って泰斗を強引に連れ出した柚葉。泰斗は一人でいると余計なことをすぐに考えてしまっていた。それを知っての行動かは不明だが、柚葉の誘いに孤独から救われる泰斗。
ただ、柚葉への恋心をどうすれば良いのかが分からなく戸惑いを覚える。柚葉に気付かれぬように可能な限り平静を装う……その為かあまり会話をしないまま柚葉の家に着き、先日の客間に入った途端に柚葉が小さく笑い始める。
「ふふふ」
「ん?……何?」
急な展開で楽しそうな柚葉の表情に警戒する泰斗。
「どうせ暇を持て余してるかと思ってあなたに仕事を与えてあげるわ。そんなわたしの優しさに感謝しなさい」
「またー。変なことじゃないだろうなぁ」
「大丈夫よ。あんた裁縫得意だったでしょ?」
「得意も何も……しおんの影響じゃん」
「わたしの教育の賜物と言ってほしいわ。前によく手伝ってもらってたもんね」
「今回と一緒だろ?手伝いと言うか。半強制?」
「そう言っていつも一緒にやってくれるじゃない」
「まぁ。そうだな。で、今日は何すんの?」
多少ふてくされているような泰斗だがそれに反し、泰斗の返答に柚葉の笑みが咲く。
「ふふっ。今日はこれよ!」
そう言って柚葉が広げた生地はとても可愛らしい色合いの、デザインも洒落ていて服づくりのセンスしか感じない出来だった。柚葉が徹夜で仕上げた新たなメイド服だ。
「相変わらずの完成度だな。で、それはしおんが着るの?」
「これはなゆりのよ。わたしのも同じデザインで作るわ」
想像力が豊かな健全な少年には簡単にイメージができる。ただ、多少刺激が強いようだ。泰斗はよく見ると柚葉が中一の頃より格段に成長していることに気付いた。胸の膨らみ、腰のライン。前よりも少し伸びた身長。今まで何度となく柚葉と二人っきりで過ごしていた泰斗だが、変に意識をしてしまっているのか、息が詰まるようだ。ゴクリと唾を飲み込む。その音さえ聞こえてしまっているかもと思う程に神経質になる。
平常心を保とうとするが逆に意識をし始めてしまう泰斗。必死にその呪縛から逃れようとしていた。
恋する心は洗脳に近い。自ら自身を窮地に追い込んでしまう。簡単なことも複雑にしてしまう。変に意識をしてしまうと挨拶さえもぎこちなくなる。どうしようもないくらいに好きな気持ちが空回りをしてしまう。柚葉の声でやっと正気を取り戻す。
「よし!では始めるわよ」
「あ、ああ、悪い。今ぼーっとしてた」
「あんたは相変わらず鈍臭いわね。かしてみなさい」
柚葉との距離が近くなる。不意に柚葉の髪からシャンプーの香りかいい匂いが漂う……
「ここをこう縫っていけばいいわ。出来そう?」
「それなら簡単だ」
「ふふっ」
好きになった子の笑みは黄金で縁取られているような輝きを放って見える時がある。泰斗は眩しささえ感じ視線を逸らした。
向かい合い話していると時折気付かされるのはやっぱり好きだと言うこと。
ダメだ……これ以上意識をしてしまうと一緒にいることさえもできなくなる。
そしてまた平常心を装う。今度は上手く制御が出来たようだ。そんな気も知らずに柚葉があのことを話し始める。
「わたし達ね、あの中一の頃のまま何も進んでないの。でもね……終わってもないの。あの場所でずっと留まっているの」
「そうなんだ。しおんは進みたいの?」
「どうだろう?でもね。正直よくわからないの。なゆりと約束をしたの。あいつが答えを出すのを一緒に待とうって。わたしなゆりのことも凄く好きなの」
泰斗は心を何かで殴られたような感覚を覚えた……ただそこも可能な限りの平常心を装い答える。
「ってことは柊ちゃんも?それコウは知ってるの?」
「うん。あんたみたいにわたしとなゆりとコウは最近まで記憶がなかったの。その間にコウはなゆりと仲良くなってて。その後に記憶が戻ったからややこしくなったのよね」
泰斗には柚葉が強がっているようにしか見えなかった。裁縫の途中で膝を抱えながら顔を伏せる柚葉が泰斗には恋する乙女にしか見えなかった。その憂いの表情さえも美しく映す恋心が泰斗は苦しくてしょうがなかった。それでも泰斗は柚葉へ励ましの言葉を贈った。
「焦ることはない。きっと大丈夫。俺も応援してるから……」
「うん。ありがと」
泰斗は感情に蓋をした。それは意中の人を些細なことでもいいからなるべく近くで支えてあげたい。そんな思いからだった……。




