十五☆【後編(中)】葬る思い……歴史に残る収穫……新しい日常……じゃおれ言っちゃうからね……。
あのね……わかったの……。
平然を装いコウがリビングへ入り小声で話し掛ける。
「よう。一人で怖くなかったか?」
「怖いに決まってるじゃない……」
怖がっている時の柚葉は妙に素直で、普段がツンツンしている分、違和感をしかない。緊張感を表す柚葉が今のコウの淡い期待を煽る……なかなか本題を切り出さない柚葉にコウが催促をする。
「真夜中にどうしたんだ?」
「あのね……わかったの……」
「ん?何が?」
なゆりへの罪悪感も有り複雑な心境の中、僅かに変な期待をしてしまっていることも有り、緊張からか生唾を飲み込むコウ。
柚葉が俯いたり、顔をそらす仕草がいつもとは違い違和感を感じた。照れているようにも見える。
「あ、あのね。失くしてしまったもの……取り戻せる気がするの。手伝って欲しいの」
珍しく上目遣いでお願いをして頼って来る柚葉に意識を奪われてしまい、言葉の意味を理解するのが遅くなるコウ。
「ぅ、……おう。そんなことか。手伝うって言ったからな。当然だろ。答えは言うまでもない」
柚葉がほんの少しホッとした表情になり、ただ直ぐに真剣な表情に変わった。
「わたしの失くしてしまったものに深く関係する場所がこの近くだった気がするの。夜になってからさっきふと記憶なのか……懐かしさみたいなのが過ぎったの。確証は全く無いんだけど……前にここに来たことがある気がするの。 その時も夜だったのかな?……」
柚葉が少しバツの悪そうな表情をしいる……こんな相談を持ちかけるのも慣れていないのだろう。
「全てが曖昧で掴みどころのない手掛かりで、 少し外を歩いて確かめてみたいんだけど、一人じゃ……。あんたわたしが苦手なの知ってるでしょ。案内しなさいよ……」
柚葉のクリティカルなデレっぷりにコウの方が照れてしまいそうになっていた。ただそんな空気感でもないことを察し了承する。
「行ってみるか。他に何の手掛かりも無いんだからな。柚葉の頼みなら行くに決まってるだろ」
後頭部辺りを触り照れ隠ししながら応えたコウ。
皆が目を覚まさぬように物音をさせずに玄関の扉を閉めた。
肌に触れる湿気っぽい風が生暖かいが、さっき外に出た時よりは気温は下がっている。広い草原を越え暫く柚葉の惹かれる方へと歩く。月明かりしかない暗闇をスマホのライトで照らし歩く二人。
辺りは相変わらずの蝉の声と山鳩や、稀にフクロウの鳴き声が聞こえてくる。
コウを先頭に柚葉は恐る恐るコウの服の裾を掴みながら後に続く。
この薫り……この音……やっぱり覚えがある……。
柚葉は考えていた……確かにそうだわ!
あの脳内に響いた声……『愛する思い』と『愛する思いに関わる記憶全てを奪う』……そうは言っても、わたしの名前や年齢、身長、体重等は記憶から奪われてはいない。
その部分は関わりが全く無いと言い切れるだろうか……いや、関わりが浅いと言うことだろう。
であれば、浅い関わりの消えていない記憶を繋ぎ合わせれば、関わりの深い失った記憶の一部分だけでも取り戻せる可能性はある筈……この山の鳥の声や草の匂いを覚えている……ここにはおそらく来たことがある。その上、他に山に行った記憶は一切無い。
そして確かなことはこんな暗い山道を怖がりなわたしが過去に一人で歩いた理由が浮ばない。一人ではなく二人以上ならあり得る筈……そして二人以上ならば通常なら余計に忘れる筈がないわ……それでも「忘れている」のならば、この二人以上で進んだ山道の先には失くしたものに関わりの深い何かが在るに違いない……。
「どうだ?何か思い出せそうか?」
「うん。この先に何かがある気がする……」
三十分位は進んだだろうか……人一人分の幅程の細く舗装されていない土の道を登りきると、そこにはまた草原があった。コウが何かに気づき声を上げた。
「おー。でかいなー。あの木」
特別に大きな木が一本どっしりと構えていた。
森をくり抜いたようなこの草原は上を向けば星のシャンデリアが輝き、この場所は山の高い位置にある為、ここから見下ろすまちの夜景も宝石を散りばめているようにきらきらしていた。
柚葉はここが目的の場所にしか思えなかった……。
わたし……この場所が好きだ……。
何年か前にここに来ていたとしてもきっとここを好きになるだろう。なのに忘れているのはおかしい。ここには何かがある。
柚葉の憶測はほぼ確信に変わっていた。
二人で一緒にこの場所の手掛かりを探したら何かが在った時……コウが失くしたものが何なのかを勘づいてしまう可能性もあるだろう。
誰かに失くしたのものが何なのかを知られた場合は失くした記憶は永遠に戻らないのだ……柚葉がコウへ真剣な面持ちで告げる。
「ここからはわたしに一人で行かせて。お願い……」
コウは真剣そのものな柚葉に茶化すことなく応えた。
「おう。遠くに行くなよ」
「うん。わかってる。ここで待っててね」
大きな瞳……毛量の少なめのさらさらした髪……すらっとした華奢な姿……左手を後ろに回し右手の肘を掴み組むその仕草……一段と素直な柚葉が星の明かりに照らされ一際輝いて見えていた。
一人で柚葉がその木の近くに向かう。大木の麓まで行き木の幹を調べ始める柚葉……目線の高さより少し低い場所に刻まれた名前を見つける……真実を知った衝撃で呼吸が出来なかった……。
〘コウ 柚葉 2012.7.30〙
「……なぜよ。なぜわたしとあんたの名前と日付があるの?……これって『コウ』の名前はわたしの書いた字だと思う。でも『柚葉』はわたしの字ではないから、きっとあいつの字だ。数字もわたしかな。これってまるで……」
「……まるで恋人みたいじゃない……」
刻まれた文字を右手でなぞる柚葉。その文字を抱き締めるように木の幹に寄り掛かった。
柚葉は脳裏に色々な想いを巡らせていた……だが、心にぽっかり空いた空間があるようで柚葉が今一番求めているものは何一つ見つからない……。
暫くして俯いたままコウの元へ戻る柚葉。その顔が曇っているのをコウは感じ取り、気を使い励ましの声を掛ける。
「柚葉、気にするな……手掛かりが無かったとしてもいつかおれが見つけてみせる。おれは別に何も責めたりしない。もう遅いからそろそろ戻ろう」
「……うん。ありがと……」
コウの背中しか視野に入れずに思いにふけりながら歩く柚葉。帰り道の途中、柚葉はほぼ喋らなかった。
『愛した相手との真の接吻……』
魔術の作用で愛した記憶を失くしているだけでなく、柚葉は誰かを愛することもできない状態になっている。
それなのに変に意識をしてしまっているからか、コウの背中がいつもよりも逞しく映っていた……柚葉がキスをする為に雰囲気を作ろうとしている……。
「ねぇ。あんたはこの道……覚えてる?」
柚葉はコウの愛情を確かめるように問い掛けた……本当に好きだったのならしっかり覚えてなさいよね!わたしは好きだった相手を自分の想像力で辿ることが出来たのに。これじゃわたしの方が好きみたいじゃない……。
コウが柚葉の問いに答える。
「覚えてるに決まってるだろ。さっき歩いた道くらい」
ああぁぁ……そうだったわ……ロマンチックの欠片もない応答に落胆する柚葉。
緊張感からか唇と喉の乾きを感じる……唇を舐め湿らせその時に備える。ちょっと!これ何の罰ゲームよ!わたしからするのとか試合放棄したい位だわ!
部屋に戻るときっとよりそのチャンスは少ない筈……この帰路でことを果たさないと。
柚葉が一芝居打つ。
「痛っ!」
「おい!大丈夫か?」
「くじいちゃったみたい……」
「しょうがないな。よし乗れ!」
柚葉の思惑通りにコウは柚葉を背負うことになる。ふふふふふ……作戦通りにコウがおんぶをしてくれたわ。あとはわたしの魅力でわたしにキスをしたくなってしまえばいいわ。でもどうやって……ぬぅあっ!この体勢のままでは絶対にキスできないじゃない!!
間もなく別荘が見えてくる頃……。
うぅぅぅ……わたしの恋愛スキルはどんだけ低いのよ……もうこの手しか思いつかないわ……。
「コウ。一旦下ろして……」
「ん?あぁ。疲れたのか?」
「だめ!足痛いんだから離れないで……」
柚葉はそう言ってコウに縋り付きコウの瞳を見つめ続ける……
コウは柚葉の魅力に既に翻弄されていた。そんなのは今始まったことでは無い。さっき柚葉の涙を見た時も抱き締めてしまいたくなる気持ちを葬った。
素直な柚葉は一際輝いていて、大木へ向うその後ろ姿に釘付けになっていた。足をくじいたさっきもいつもならば強がっておんぶなんか確実に拒むだろう……だが何も言わず背中に乗ってきた。柚葉とこんなに近くにいるのは初めてだ。鼓動が早くならないように平静を装っていた。それでも意識をしてしまった時は頭の中で本気でかけ算九九に頼り懸命に邪念を払った。
こんなにも魅力のある女性を意識しない方が男としてどうかしている。そんな言い訳のような言葉を思い浮かべては柚葉の視線から逃れられずにいた……柚葉は愛することをできないなりにイメージを膨らめていた。テレパシーを送るように脳裏に何度も何度も言葉を繰り返していた……
『あなたが好きよ……キスして……』
沈黙が二人を包み、その沈黙がうるさい位に物語っていた……。
『柚葉?……キスを求めているのか?……』
コウは吸い込まれそうな程の柚葉の魅力に我を忘れていた。普段なら冗談で回避できそうな場面だが何も言えずにいた……
どれくらいの時間が経ったのだろう……柚葉の瞳には今日三度目の輝く水滴が溢れそうになっていた……
このままでは柚葉は壊れてしまわないだろうか……
苦悩の中にいるのを救い出して欲しいのだろうか……
キスをすることでその悲しみは拭えるのだろうか……
やはりコウは動けずにいた……
コウの脳裏にはなゆりが浮かんだ……。
視線を逸らし憂いの表情でコウは俯いた。
「柚葉……おれにはできない……お前を抱き締めることも何もかもがもう罪になってしまうんだ……」
柚葉の表情が一瞬にして曇る……だが柚葉は気を取り直してコウに告げる。
「……そう……またわたしを背負ってくれる?」
「あぁ……」
二人は別荘の入り口の近くまでやっと辿り着いた。
柚葉はコウの背中で静かに涙を流していた……。
コウはその涙を気付いていた。だが何も声をかけることができずにいた。
今回の十五話はとても長くなりましたので九部分に分けました。
今回が八部分目です。
切りが悪く短くなっている部分もありますが、勿論バランスを考え長めの部分も作ってあります!
次話は十五・五話とし、第二章途中ですが、序章を割り込ませる予定です。
序章 〜【プロローグ】エピソードゼロ編〜
厨二病のコウや、めっちゃ人見知りななゆり、眼鏡っ娘の柚葉のお話……。
宜しくですっ!!




