十四☆【後編】いっただっきまーす!……。
続……賑やかで贅沢な夜食……。
乙女のように多少もじもじしながらキモ可愛いさも倍増させてしまっている邦正。
コウはおそらく必要になるであろうこの邦正の不思議発言の状況説明の為に、全神経を集中させ必至に平静を装うモードに移行する……。
「んんん!抱っこ?!不意打ちすぎるわ!この子なんなの?コウ!」
「……ゆ、柚葉。きっとあれだ。新しい今流行りのツンデレのデレのイベントとかだと。思うぞ……」
「気持ち……届いたかな?」
「ん?何のことよ!」
「こうが萌えた気持ちをもっと届けるには『抱っこ!』って言うって」
「……ふふっ。面白いわ。何もかも、あんたの仕業ってことよね」
柚葉が段々と声量も上げ、感情もヒートアップしてゆく。握った拳と眉がプルプルヒクヒクしている。
「ま!まて!落ち着け柚葉!そろそろ何かの間違いで殺人事件とかになってもおかしくないと思うぞ!その時になってこう思うんだ」
二オクターブ程高い声になり話しに抑揚をつけようとするコウ。
「『コウくんのことをもっと大事にしておけば良かった』と!」
「あはははは。その話、興味深いわ。声が高くなった辺りから是非現実にしてみたいと思ったのはなぜかしら……」
「待て柚葉!楽しい合宿はこれからだぞ!ここでムードメーカーのおれに終止符を打ってどうする。これから待ち受けるイベントはもう戻れない高校生活最後のイベントになる訳だ!」
柚葉が急に静かに頰杖を付き始めた。
今まで腫れ物を触るように扱っていたコウも素に戻る。
「はぁ。高校生活最後かぁ。わたし嫌だな……少しだけでもいいから延ばせないかな」
ぼそっと告げた柚葉。今まで笑顔を絶やさず静かだったなゆりもテーブルに腕を組み憂いの表情で同調する。
「今がずっと続けば良いのに……」
今までは気付きもしなかった野鳥の声が静けさに包まれた空間をさらに際立たせている。マスターが珈琲をカップに注ぐ音が聴こえる。柱時計の秒針がそんな今でさえ刻一刻と経過していく音を狂いなく鳴らし刻み続ける……。
「そうだな……」
コウも危険回避をする為に作り出したこの空気を壊せずに思いに耽る。
邦正も俯いたままだ。ちぃは皆の様子を伺っている。楓がこの空気を紛らわすように足をばたつかせていた。
マスターがちぃとなゆりに珈琲を差し出す。マスターは他の者は珈琲ではなくそれぞれの飲み物を好んでいることを知っているからだ。
「今いる場所も一つの通過点じゃ。これからの新しい場所もまた一つの通過点じゃ。ただその通過点も守ろうとすれば点が線に変わる。戻れない時間の中でも変わらないものを守ろうとすれば、どこかに何らかの形で残して行ける。えんじぇるのようにな。変わることが全て悪いことでは無い。変わらないこともまた全て良いこととは限らない……その変化の流れの中で大切なものを探し、見つけ、守ろうとすることを忘れなければ、通過するだけではなく何かをしっかりと残して行ける……何も恐れることは無い。お前さんたちならきっと大切なものを残して行けるはずじゃ……わしが保証する」
マスターはそう言って優しい笑顔で締めくりこの場から離れて行った。
綿、繭を錘にかけて、繊維を引き出し、糸にするように。
マスターがそう紡いだ言葉が希望へ繋がる線のような糸を紡ぐ……
今日のこの二度とない瞬間の点も、今までのように守ることができれば幾つもの点になり、その紡いだ糸を、繋がった点を、途切れさせないように守って行こうと思った。
なゆりはマスターにいただきますと言う目配せをして、珈琲の入ったグラスを手に取りストローを口にする。ちぃはいつも通りミルクと砂糖が入った物を口にしながら、ミッシェルを抱きしめ上目遣いで周りをみている。柚葉もなゆりも皆、マスターを慕っていた。コウは一人になろうと、「少し外の空気を吸いに行ってくる」と言い部屋を出た。
コウが見上げた空にはいつもよりも多くの星が煌めき瞬いていて、そんな綺麗な空はまた少しだけこのシリアスな気分を煽った。
思い返せば変わっていることの方が多い。そんなことを考えていたら後方から誰かが呼ぶ声がした。
「コウ。どうしたの?ホームシックにでもなった?」
柚葉だ。大雑把に聞こえる柚葉の言動や行動も、ふと思い返せば気遣いのような優しさを秘めているようにも思えた。
コウは考えていた……
タイミングの良さや気の合うところ、ふと同じ言葉を同時に喋り出すことさえあった……無言の時間だって気にならない。そんな不思議な感覚をコウは柚葉へ抱いていた。
「ホームシックではないな。ただ思いに耽ってしまうこともおれにだってある。なぁ……おれ達……前にどこかで合ったこととかないか?」
「え?無い筈だけれど……どうかした?」
コウは今までに抱いていた不思議な感覚を打ち明けた。柚葉は驚きの表情でパチクリパチクリと普段でも大きな瞳を一段と大きくしていた。潮風が吹き抜け、その表情を柚葉の髪が隠そうとしている……
風になびく髪を柚葉は耳に掛け、覗き込むように見つめながらいつもよりも優しく暖かい面持ちで答えた。風の流れに漂う香水かシャンプーの心地良い香りが、柚葉の高貴な印象を増幅させている……
普段には無いシチュエーションの効果か、とても柚葉が可憐に映っていた。
「わたし……今、口説かれてるのかしら?」
「ちょっ、待て!そんなつもりではない!真面目に聞いてみたんだが……的外れなことだったなら忘れてくれ」
コウが焦りながら答えると柚葉は少し楽しそうに、想いに耽るように応えた。
「フフッ。ごめんなさい。冗談よ。実はわたしも不思議だと感じていたわ。あなた達といると心が踊りだしたり、歌いだす……あ、あれ……何だろう?これ……」
柚葉の頬にはたくさんの涙か流れぽたぽたと落ちて行く。コウは戸惑いながら尋ねた。
「お、おい。大丈夫か……?急にどうしたんだ?どこか痛むのか?」
「わからない……そ、それが……わからないの……」
ただただ流れ続ける涙を見てコウは純粋で綺麗な涙だと感じた。きっとそれは柚葉の無くしてしまったものと関係している気がする……コウは決心をして柚葉に問い掛ける。
「前に聞かせてもらった失くしてまった大切なもののこと、もう少し聞かせて欲しいんだ。ああぁぁ!大丈夫だ!話せる部分だけでもいい……」
——南風に零れた……言えない思いが少しだけ君に届いた気がした——
「う、うん。わたしね。大切なものを失くしてしまってるの。それは魔術に関係しているようなの。その魔術の条件で失くしたものが何なのかを他の人に明かすと失くしたものは二度と戻ることは無いの。わたしは探しものが何なのかも分からずに探しているようなものなの。そんなの見つかりっこないじゃない……ごめん。わたし……今日なんか変だ……」
『救いたい……』そんな思いしか浮かばなかった。考えるよりも先に言葉が外へ飛び出していた。
「魔術?……そんなの関係無い!諦めたら何も進まない!何も戻らない!そんな理不尽あるかよ……大切なものなんだろ?取り返したいんだろ?おれはそんな力に屈しない……おれが何とかしてみせる!そうしたら柚葉の失くしてしまったものは元に戻る!だから何も心配しなくていい!!ちくしょう……」
——強く波のようにうねる風音……心の入口で渦巻いて——
叫びに似た思いを気付けば発し続けていた。その感情の爆発は、コウの中の何かを破壊したかのように熱く熱を持ち涙に変わりコウの外へ流れ出していた……
コウが柚葉へ気づかれないように空を仰ぎ背を向けたのを、柚葉は気付いていたが、気付かぬ振りをして答える。
「ありがとう……ごめんなさい。本当にありがとう……」
柚葉は理由もわからない涙が止まらなくなっていた……。
ただただ流れ続ける涙を……
膝を抱えながら、あまり見られないように顔を伏せていた。
どれくらいの時間が経ったのだろう……
あれから何も言わずに君が側に居てくれただけで……
横たわることなく、涙が枯れるのを待って居られた。
「わたし、どうしちゃったんだろう。涙なんて、誰にも見せたことなかったのに……」
第二章 十四☆挿入詩 south 〜夜の温い風〜
重ねられた指 弱さ見せた君
近付いた言葉 時を止めた距離
逢いたかった他の誰でもなく君に
偶然を期待して部屋を出ても逢えなかった
特別に思えたのは 君と近づけた頃
その場所からまだ離れない
言葉に表しきれない感情
南風に零れた言えない思いが
少しだけ君に届いた気がした
強く波のようにうねる風音
心の入り口で渦巻いて
君が髪を風になびかせながら
立ち止まり向けていた瞳
あの時君は何を想っていたのだろう……
凍えた愛を温める南風
赤、青、黄……多くの彩りを添えながら
体の内側で光る雷鳴に心は吹き返すようで
密かな決意まで僕は抱えていても
それが君に届くとは限らない
それでもきっと探してしまうのだろう
君につながる言葉……その時を……
いつか南風が吹き止む時が来たとしても




