九☆【後編(下)】柊との経験値……取材……瞳に映る愛情を……。
次の日の昼休み……。
なゆりが二人を連れて来てくれた。三人共コウに視線を向けている。楓は柔らかく、柚葉はコウに不信感を抱いているような目で、柊は心配そうに見つめている……俯きながら話し始めるコウ。
「突然呼び出してすまない……何をすればいいのかわからないんだ……だから素直な気持ちを伝える。おれは他の世界でおまえらと会っていて、おれも柊もコス部へ入ったんだ……その日々はそれぞれの苦悩を分かち合えているような絶妙なバランスが取れていた……少なくともおれはそう感じていた。柚葉のお祖父さんの旧友が経営しているえんじぇるという喫茶店が経営不振になっていた……同じ頃に活動不鮮明なコス部は柚葉のお祖父さんから指摘を受けていた……そしてえんじぇるの売り上げを上げることが以後のコス部存続の必須条件になったんだ。それに向かいおれ達は精一杯に過ごしていた……柚葉も徹夜でイベントメニューやネームプレートを作成してくれたんだ……う、……ぅう……おれは!……おれはおまえらとこのコス部のことが誰よりも好きだった!……ふざけるなよっ……うぅっ……くそっ……おれには一つ一つの言葉のやり取りまではっきりと記憶に焼き付いてるんだ!……」
コウは思いの丈を吐露していた……
感情が込み上げなりふり構わずにとにかく想いを伝えようとしたコウは、涙に埋もれながらそれでも気持ちを届けようとした……きっと……きっと届く筈だと……。
「」
「……」
「もう……大丈夫そうね」
「……??……」
空からの声なのか頭の中の声なのか……聴力の必要の無いところから聞こえる声がする。
「こんなに時間が掛かるとは思わなかったわ。ごめんなさいね……それだけ貴方の中にある愛することに対するわだかまりが大きかったみたいなの……」
「誰だ!今度は何なんだ……」
「私はえんじぇるのマスターの妻」
「妻って……」
「あの人から頼まれてね……貴方の苦悩を拭って欲しいって……あの人お喋りな方では無いでしょう?だから優しさに気付けないことも多かったわ。でもとっても優しい人なの……」
「ああ……そんなこと分かってる!……表情を見れば分かるだろう……マスターはあんたのことを話す時は一片の曇りの無い優しい顔をする。ずっと一緒に居て何を見てたんだ」
「そうね……貴方の言う通りだわ……ずっと一緒にいるとね……見えなくなってしまうこともあるの……当たり前に思ってしまうこともあるの……その時は近過ぎて分からないのねきっと……でもね。離れてからはすぐに分かったわ……私は誰よりもあの人に愛されていた……私も愛していた……」
「マスターはなぁ……えんじぇるのことをあなたのように思って今も今までもしっかり守って来たんだ!コーヒーが好きだったんだろ?マスターは今でも毎日器具の手入れをしている……何を見てればそんなことが言えるんだ!!」
「貴方は優しいのね。そしてあなたは人一倍感受性が豊かだわ……ただその分、貴方自身が人を愛することに鈍くなっていた……愛することを避けていたのか恐れていたのかは分からないけど、既に愛情を抱いているのにそれを愛情と認めていないところがあった。愛情は愛情だと信じることでより深い愛情になるの。だから大切な人に気付いたら信じてあげなきゃ駄目なの……相手を信じることが相手から信じてもらえる思いに変わるの。信用の無い愛情なんて無いわ。だから貴方の瞳に映る愛情を……」
「信じて!!!」
「私は貴方にお礼を言いたかったの。えんじぇるのことを大切に思ってくれて本当にありがとうね……嬉しかったわ。あの人にもずっと愛してるわと……あの指輪はちゃんと身に付けているわと伝えてね……」
その言葉を最後に声は止んだ……。
「ばかやろう……おれなんかに話さないで自分で伝えなきゃダメだろう……そんな大切なこと……」
光と話しているような眩い会話を終え……
それからは反対に真っ暗なスペースに閉じ込められているような感じを受けていた……
——おれはもう……誰かを……愛せているのだろうか……
右手に温もりを感じる……なんて心地いい温度なんだ……声が聞こえる……楽しそうに響く懐かしい声色だ……眩しい……徹夜明けに見る太陽の光の眩さを部屋の明かりに感じた……。
横を向いたら黒髪の女の子が布団に顔を伏せ一人で楽しそうに話していた……明かりの眩さに目を閉じ、その内容が気になったのでしばらくそっと聞いていた……
「桐宮くんにあれを見られてしまうとは思わなかったー。あれは本当に恥ずかしかったんだよ……」
出会った時のことか?……やっぱり……柊だよな……おれの知ってる柊なのか?……表情を強張らせながらコウが問い掛ける。
「柊……なのか?……」
その声に伏せていた顔を起こすなゆり。驚いている顔が直ぐに泣き顔に変わる。
「起きた、やっと起きた。一ヶ月も寝てたんだよ!もう……」
そのなゆりの声は引くはなく……動揺をしているのかそのままの方の声だった。
空白の一ヶ月を終え、なゆりと再会をするコウ。正確には別の一ヶ月を終えての再会だ。
「桐宮くん。良かった……私、心配で、心配で。毎日こうして手を握って祈っていたわ。うっ、ぅう……」
涙を飲みながら話すなゆり。声を殺すように口をつぼみながら手を握ったまま涙が流れるのを拭くこともせずに見つめている。
「桐宮くん。大丈夫?とても悲しそうな顔をしているわ……」
「ああ……おれは今この世の終わりのような……いや、生きる意味を失った世界をみてきた……そこはおれにとって何も意味を持たない世界だった……怖かった……でもそこはただ単に、おれがおまえに会う前の世界なだけだったんだ……それが怖かった……おれは柊を探した……必要なんだ……もう戻りたくない……ここはどこだ?おれのことがわかるか?その世界のおまえはおれを知らなかったんだ。今でもどちらが現実なのかわからないんだ……今近くにいるおまえは……おれを知ってるのか?……」
なゆりに縋り付きそうな程に弱さを表すことしか出来ないコウ……
「大丈夫!いっぱい知ってるから!もう……大丈夫だから……」
明らかに怯えている心を慰めようと、なゆりは毛布のように隙間なくコウを抱き締めた……その瞬間にコウの迷いは音も無く全て生滅していた……なゆりに触れている部分から暖かく優しい体温を感じる……
「貴方が起きないこの一ヶ月、私はとても辛かったの……今までで一番の苦しみがあったわ。その苦しみも今はもう……声や温度や表情で心の温もりに変わった……」
「一ヶ月も経っていたのか……ずっと柊に逢いたかった……おれは今まで愛情を信じることができないままででいたんだ……その曇りを晴らすきっかけをくれたのも向こうの世界の柊だった……既にたくさん柊から貰っている……柊……おれとずっと一緒にいて欲しい……もう離れたくない……おれは柊を信じている……このままのおれでいいか?……」
「はい……私もそれを望むわ……私もこれからも桐宮くんを信じるわ……約束します……」
真っ直ぐな眼差しでなゆりは応えてくれた。コウの視界に映る光景が優しさの膜に包まれるように変化を遂げる……
「良かった。おれは元の世界へ……戻って来れたんだな。あんなにパラレルワールドを求めていたのに今はもう……この世界の方がこんなにも輝いている……」
「そうね……不思議だわ……」
そう言ってなゆりはコウの手を優しく握り締めたまま涙に溺れそうな瞳で、でもどこか優しさがあって……泣いているのか笑顔なのか分からない表情でコウを優しく見つめていた……。
「悪い……もう少しこのままでいいか?……」
そう言ったコウも同じような表情でなゆりを見つめ、その後に照れ隠しに眩しさを理由に目を閉じ顔を逸らしたが繋いだ手はそのまま離せなかった。
「柊……声……そのままだな」
「うん……もう私もそのままの私の方がいいかなと思ったから……」
一生分の感情を抱いたような日々だった……
おれは原因不明のまま取材の日から一ヶ月間、目を覚まさなかったらしい……
夢を見ていたのか……並行世界に飛んでいたのかは結局は定かではない……
マスターに伝えなきゃいけないことがある……えんじぇるに会って話してきたと……
一ヶ月分の思いが詰まっているからなのか……又はここ数年分、愛情を信じることを疎かにしていたからか……
こんなにも愛おしい気持ちは初めてで……脈打つ鼓動は少し早く……息苦しい位だった。
星と月と太陽から産まれた子★
五★生まれた思いを秘めて……月の子
この気持ちと同じ気持ちを前にも感じたことがある……心が爆発するような思い……喜ぶ顔が見たい……
月の子は気付いてしまったことを信じたくなかった……
この気持ちは紛れもなく、星の子を思う気持ちと変わらない……
星の子が知ったらどう思うだろう。悲しむに違いない……
月の子はこの思いは愛情だと感じてしまった。月の子は自分を責め続けた……。
僕は何て節操が無いのだろう。こんな思いは星の子への裏切りでしかない。この思いは忘れるんだ。それしか無い。それなら誰も悲しまない。簡単なことだ。
月の子はこの思いを葬ることを誓った……。
第一章 九☆挿入詩 nearest
どうして……
届かないのだろう
どうして……
好きになっていたのだろう
気持ちは浮かれたり
折られたりするけど
それでも……
満たされていると感じた ah
一つだけでいい un……
一つだけが良かったんだ
間違い 怯えて 傷を負う
そんな翼でもきっと
飛べる日は来るのだろう
君のもとへ……
君のもとへ……
抱えきれない闇も越えて
世界線さえ越えて……君のもとへ
記憶は絡み付き 現実に阻まれて
飛べなくなる
それでも君のそれは 迷いを解いてゆく ah〜
君のもとへ……
君のもとへ……
抱えきれない闇も越えて
涙の理由も意味も そう
ただ……君のもとへ




