九☆【後編(中)】柊との経験値……取材……瞳に映る愛情を……。
逃避の部屋……。
暗い部屋……片付いていない部屋……静けさがうるさい部屋……
迷い悩むだけで簡単にこの世界の日付は過ぎていった……
眠りに落ち次の日に目覚めたところで何も変わっていなかった……
三週間はもう過ぎている筈だがおれはまだコス部に入っていない……
——おれは何をすればいい……何をすれば元に戻れる……何をすれば『おれ』に戻れる……
「おれに戻る?……そうか……なぜこんな簡単なことに気付けなかったんだ……他の誰でもないだろう……」
目的を『自分に戻ること』に置き換えた。『今までの変わり映えの無かったコウの日常』が『コス部に入り充実した日々を送るコウ』に変わった理由を考えた。
そんなことひとつしか無かった……
もし最悪この世界が元の本当の世界だろうとそれさえあればいいとさえ思った……
『本当のコウでいれる理由』いや……
『本当のコウ』は変わり映えのない生活を送っていた方なのかもしれない……
そんなことはどちらでも構わない。
コウに『自分はこうあるべきだと気づかせてくれた理由』それは一人から始まった……。
新たな明確な目標を持ちまちを歩き始めたコウ……生憎今日は学校は休みの日だ。
今までと変わらない筈の景色が悪魔の使いに変わりコウに恐怖を囁き続けている……
「煩い!……煩い……煩い……煩い……」
一人のことだけを考えて歩いた……
その子がいきそうな場所を今までの会話の中から探した……
分かる筈もなく、進むべき方向が分からない……方向……
そんなのはどちらでも構わない。
ただただ『コウの思う前方』に向かい歩き続けた……
疲労と空腹に気づき太陽の位置でふと思う……もう半日は歩いた筈だ……
見たことのない景色こそ悪魔の使いに変わりコウに恐怖を囁く……コウの不安を煽る……煽る……煽る……
「煩い……うるさい……」
いつからか足取りも重くなりほぼ無意識に歩き続けるコウ……。
不意に風が運んできたメロディーがあった……
真面目さが滲み出る程に規則正しく粒の揃った音……
コウに音楽の細かいことが分かる筈も無いが、刺々しさは一切無く、一つ一つの音には漏れ無く優しさが混じっている……
大袈裟ではなく、心地いい程にスマートに起伏を付けていく表現方法……
その温度はガーゼで包みこむような緩やかで穏やかな暖かさだ……
それでいて素直さを感じる音色……
コウは走り出していた……その音を頼りに……より大きく聴こえる方へ……
その場所が特定でき確認の為、留まり耳を澄ました……この家に間違いない。
家を囲む塀の外から中の様子を伺う……
より明確な手掛かりが無いか囲むように移動しポイントを探す……
カーテンの隙間から黒髪の女の子がピアノを弾いているのが見えた……
庭の番犬がコウを威嚇し懸命に吠え始める……
このままでは不審者扱いされてしまいそうだと感じたその時……
番犬の声に黒髪の女の子の視線がこちらを向くことになる。
なゆりだった……背中から感じる安心感や血流に鳥肌が立つ……
なゆりはコウのただなら表情を感じ取ってくれたようで、窓を開けこちらに視線、意識、それと少しの不安を向けているようだった。
なゆりの表情や所作が物語っていた……
その失意から門へもたれかかり座り込むコウ……
「やっと逢えた……ワンピースか。似合うな。おそらく……おれとは初対面な筈だ。できれば何も言わないで最後まで聞いて欲しい……」
自己紹介から始める……そんな初めて会うフリなどはもうしたくなかった。
「ある世界でおれはおまえと出会った……おれは偶然柊の声の理由を知ってしまった……その分、おれも秘密を柊へ伝えたんだ……柊と一緒にいることが多くなった……そしておまえの仲の良い楓には兄のようの慕われていた……柊と一緒にコス部へ入り柚葉や邦正と皆で同じ目標へ精一杯に向かったんだ……どちらが本当の世界なのかすら分からない現状だが、前の世界でおれはおまえと皆が大好きだった……この世界に来ておれは動揺の連続だった……皆に会えば何か分かる。そんな気がした……楓や柚葉に会ってもダメだった……柊を見つけられなかった……見つけても、柊がおれを知らなかった時のことを想像したら柊に会うのが怖くなった……おれは怖くなり現実から目を逸らした……三週間以上の無機質な日々が過ぎた……ある日大事なことに気付き……そしたまた柊を探した……ただただ柊を探し歩き続けた……ピアノのメロディーが聴こえてきた……それを聴いたらおまえだと分かって走って向かった……だが頼みの綱だったおまえもおれを知らなかった……」
体全体で失望を表しながらコウはなゆりに助けを求めた。
「なあ……柊……おれはどうすればいい?……おまえならどうする?……教えてくれ……」
これ程までに応えを求めたことは今までに無かった……応えは直ぐに届いた。
「これが貴方の求めている応えかどうかは分からないけど……私なら……信じるわ……信じて信じて……駄目だったとしても……信じ抜くわ」
その聞き慣れた声に……その求めていた表情に……何よりも柊の応えに……
取り巻いていた迷いが消えていくのが分かった……
溜め息を吐くように深呼吸をした……
明らかになる想いに鳥肌が立つ……
——おれはやはり柊を必要としている……
「そうか……おまえと話せてよかった……ありがとう」
「私に何かできることはないかしら?」
「そうだな……明日の昼休みに学校の屋上へ楓と柚葉を連れてきてほしい」
「わかったわ」
「おれはもう迷わない……もう諦めない……それを思い出させてくれたのも……柊だ……ありがとな……」
「……うん……」
そう言ってコウはまた立ち上がりその場を離れ歩き出した……




