5月12日
「つうわけで、来週の金曜日ダメになったんですけど」
「いやそもそも入れてなかったから大丈夫だ。りょーかい、お疲れさん」
しっかりと店長に休みの連絡を入れた俺は、部屋から出た瞬間に塚原真琴に見つかってしまった。
「お疲れさまですせんぱーい!」
「まだ先輩扱いなのか」
「先輩扱いですよ」
そして耳元で囁く。
「まだ近くに店長いるし」
なんだそのガバガバなロールプレイは。まだ乃愛のガバガバロールプレイの方がマシじゃないか?いやあれも中々にあれだけどな。うん、あれだ。
「ボーリング、クラスで行くんすか?」
「地獄耳かよ。趣味悪いな」
「…ちゃんと呼ばれたんだ…」
「……素に戻る時小声になるくらいならどっちかに統一しろよ」
確かに!と言う顔をしているあたり、流石塚原真琴である。色んな意味で頭が回っていない。いや、流石にこれは表現として悪いか。
「それじゃ、これで統一するっすかねー!せんぱーい!私もボーリング連れてってくださいよー!ねーねー!」
「なんでお前その口調の方が明るいんだよ」
「……不服?」
「いや、むしろそっちの方がいい」
「偽った側面の方が良いとか、私の本性全否定…」
「…塚原、案外めんどくさいよな」
「真琴って呼んでくださいよーせんぱーい!」
めんどくせえ…と言う言葉をぐっと飲み込んだ。
「せんぱーい、新しいクラスでは馴染めてるんすかー?」
「まあ、これまで以上に馴染めてるかな。あれだし、ジャズスト出たの知られたら、結構話しかけられるようになった」
今日も5人くらいの人間にボーリングくるか聞かれたし、新河と遠坂と3人でご飯を食べてたし、いつも以上に近藤が声かけて来たし…
「これは先輩、初めての彼女までカウントダウンじゃないっすか??」
「うーん…」
「どうしたんすか?どうしたんすか?」
もう外に出て、バイト従業員用の駐輪場へと向かっていた。
「その話し方も、鬱陶しくなって来た」
「どう話したら良いの?」
「普通に話したら?」
「それも嫌がるじゃん」
「ほら、神戸弁とかは?……」
「それはいや」
ふわっと風が吹いた。彼女の髪色はあの日と違い黒に戻っていた短髪は、長い髪とは違う魅力があった。
「それはいや」
「じゃあ……もう先輩ロールプレイでいいよ」
「なにその妥協」
「人生は妥協だろ?俺たちはそれを1番知ってる」
「人生は希望だよ。望んで、望んで、叶えるものだ」
月が曇っていた。一昨日の雨は、まだ雲を残して光を陰らせていた。
「じゃあ、先輩呼びを所望する」
「わかりましたよせんぱーい!」
「それじゃあな!こうはい!」
「ういっすせんぱーい!また明日、バイト先で会いましょう!」
手を振る彼女は、少しだけいつもより自然な笑顔が出ていた。




