5月10日その①
その日はひどい雨だった。ずぶ濡れの中帰宅すると、少女は既に雨に翻弄され疲労困憊状態だった。雨が降ると雨漏りが発生する。それに対処しなければならない。当然の摂理だ。
「ゆーいち!私は疲れた」
「そりゃ、雨漏りの面倒そんだけ見てくれたんなら疲れるわな。お疲れさん」
「友一もお疲れさんやで。こんな雨の中バイト行って、ほんま季節外れの台風か思たわ」
乃愛はそう言って満杯になったバケツの水を貯水用の小型タンクに中に入れていた。水分補給用には適していないが、洗濯や掃除用には十分有用である。確かに我が家は雨漏りするが、それを逆手に取った活用法というやつだ。
「まあぶっちゃけ雨降った方が客足減るから仕事としては楽なんだけどな」
「あー確かに」
「お陰さんで雑談三昧よ。まあそれでお金貰えんだから楽なもんだな」
俺はそう言いつつ焼き鮭を頬張っていた。塩分抑えめでパサパサしているのがいかにも自分好みだ。
「飯食い終わったら手伝ってな。シロアリ対策もせなあかんやろし」
「どこが1番酷かった?やっぱり玄関?」
「や、今回に関しては押入れ近くが1番あかんかったわ。ほら、バケツの周りにタオル置いとうとこ」
そのためか、押入れにあった毛布や布団類が全部出て来ていた。あのままでは濡れるということだったのだろう。
「いや文句言っちゃダメだけどさ、ここ屋根はトタン屋根でろくに補修してねえし、壁は経年劣化で剥がれまくってるし、押入れ定期的に掃除しねえとこの世のもんとは思えない形相の虫が湧くし、中々にひでえ物件だわ」
「ちょっと待って、最後のん私聞いたことないんやけど…ここ虫まで沸いとるん?」
俺は付け合わせのひじきを口に含んでいた。
「ああ、ここで住み始めた当初な。暫く掃除すらしてなかったからって埃まみれの状態で、こりゃ1日掃除し続けないとダメだなあと。そう思って掃除してたらね、押入れになんかこう…蠢く物体を感じましてね。やべえなあ…こりゃこの世のもんじゃねえなあ…って。そう思って俺はスプレーを確認もせず吹きかけたのよ。そしたらね、中から出て来たのは見たこともないほど大きなムカデの大群が……」
「うぎややややややあああああああああ!!!!!!!」
部屋中に乃愛の悲鳴が響き渡った。
「あれ?もしかして乃愛って虫苦手?」
「何言っとるん!?こんなん虫苦手やない人でも虫苦手なるわ!!何押入れの様子見とるときにそんな怖い話始めるんや!!しかもお食事時に!!」
「乃愛は飯食べてねーじゃん」
「しかもなんなんその稲川淳二みたいな話し方!そのマルチな才能は肝試しにでも使っとって!」
俺は最後にひじきの大群を頬張ると、手を合わせて箸を置いた。
「まあお疲れさんってことで、乃愛はこのままシャワー浴びてきたら?残りは俺やっとくから」
「え?なんか怖いんやけど…あのシャワー室でもムカデの大群出てきよるかもしれんやん?」
「うねうね……うねうねと……這ってきてですね……」
「だから稲川淳二やめーや!!ほんまに怖なっとるから!!ほんまに!!」
ケラケラと笑う俺と頬を膨らます乃愛。そんな2人に水を差すかのごとく、2つのスマホが同時にバイブ音を響かせたのだった。




