5月4日その②
予想通りだったが、酷いと称するほどの人の入りだった。バイトと店長総出で対応して、それでも間に合うかどうかという世界だった。その日俺は裏で商品を作り続けていたのだが、特にレジ洗い場関連は大変そうだった。いつもは少ししかしない洗い場からの皿運びを、今日は半ば業務の一環としてやっていた気がする。客層もいつもの慣れている人達と違うから、お皿持って行って会計済ませない人とか、食器を運んでくれない人が多くて余計な業務が増えていた。
そんなこんなで、夜9時。ここからお店としてはさらなる繁忙期に入る。大方の演奏が夜9時で終了するからだ。ここからはジャズスト来場者だけでなく、ジャズストの演者、ステマネなどの関係者も晩御飯やお酒を求めてお店に来る。現に9時上がり組の俺と塚原も、30分のサービス残業をする羽目になった。
「いやあああ!!2人とも!!2人とも帰らないで!!!」
柱本先輩の悲痛な叫びが痛々しく聞こえた。そんな声を出しつつも、彼女は洗い場を見つつレジを対応し10件以上入っているうどんの注文を1人で扱っていた。
「お先失礼しまーす」
「お疲れ様でーす」
「くそっくそぅ!!去年まで私はそっち側で、他の先輩煽る側だったのに……なんで、なんで私は……」
「手ぇ止まってんぞ!!!さっさ仕事しろハシラぁ!!!」
店長の怒声が聞こえて、俺たちはそそくさと退散した。このままいたら余計な飛び火がきかねん。
階段を登り更衣室に入って携帯を見ると、やはり連絡が来ていた。まあもういつもなら帰宅時間だもんな。少し申し訳ない。
「何携帯ニヤニヤ見てんの?キモっ」
ボソっ聞こえたその主は、1人以外考えられなかった。塚原以外、誰もいないのだから。俺はむすっとした顔を見せると、
「って、冗談っすよー新倉先輩!」
とフォローして来た。これがバイト先での、塚原のロールプレイ。全く知らない、少し先にバイトを始めた同い年の高校生。その生い立ちを考えるとだいぶに無茶のある設定だと思った。
俺は鞄を持って、さっさと帰ろうとした。
「友一、なんであの子がまだいるの?」
突然の質問に、俺は歩きながら回答した。
「あの子って、乃愛か?」
「古村さん」
「どっちでもいいだろ」
「よくない」
「そもそももう関係ないだろ?真琴は」
真琴と呼ばれて少しだけいい気分になっている様子だった。しかしその緩んだ顔をすぐに戻した。
「幼馴染として心配してる」
「その定義なら、乃愛だって幼馴染だろ?」
「それは……」
そして階段を降り切った瞬間に、塚原真琴はスイッチを切り替えた。
「なんか友一変わっちゃった…そうか!女っすね!女の子を連れ込んでるんすね?」
いきなり語尾がハイトーンになって、じゃれつくようなそぶりを見せて来た。
「いやー流石っすわー!流石チャラ高藤ケ丘っすわー!先輩みたいな堅物キャラすら爛れた日常へ誘うなんて、チャラ藤の異名は伊達じゃないっすね!私らの高校だったらありえないっすもん」
「いやいや、むしろ阿部仲の方がやばいだろ?」
「何がっすかー!普通の高校っすよー?」
「阿部高の生徒が深夜に援助交際してて補導されたの、つい数ヶ月前だろ?」
「き、キコエナイッスネー」
「万引きで捕まるわ、先生への暴力で肋骨おるわ、クラスの打ち上げで飲酒バレるわ…」
「こ、降参っす!!先輩降参するっすから、これ以上うちの高校の汚点をピックアップしないで欲しいっす!!」
こんな会話をしながら駐輪場まで歩いて行った。後ろから聞こえて来る『微笑ましいわー』という柱本先輩の恨み言が滑稽に鼓膜を振動させていた。




