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阪急高架下、17時30分、塚原真琴

 そもそもの発端は、ドラムの陽川(はるかわ)さんがこう私に告げて来たことだった。


「どうだ?次のライブ、頼さんを呼ばないか?」


 その日も陽川さんはガブガブと日本酒を一気飲みしていた。いくら全年齢対象の回転寿司屋に来ていたとしても、未成年の目の前でそんな飲み方しないで欲しいなというのが本音だった。しかしそんな不満も、その言葉で一気に吹っ飛んだ。


「言いましたね?言質とりましたからね?酔っ払いの妄言にはさせないですよ?」

「男に二言はないっていうだろ?」

「因みにアポ取る当てとかあるんですか?」


 首を振る陽川。


「連絡してよ、君が」

「え?ななな、なんで私?」

「いや、1番参加させたがってたの、君じゃん。そりゃ、君がやるべきだって。その方が熱意とか伝わるでしょ?」


 酔っ払いのくせに頭の回るな。私は目を細めつつ本日4皿目のサーモンを頬張っていた。その役割、緊張するが嬉しかった。


 頼さんはかつて、ダンスを私達の前で披露してくれたことがあった。小学生の頃である。その時から彼は私の憧れの1人だった。一糸乱れぬ手足の動きと、派手な音楽の中に内包される雅さの演出は、並大抵のものではなかったし、一朝一夕でできるものでもなかった。


 かつてプロダンサーを志していただけでなく、しっかり努力して夢に向かっていて、ほんの少しの運が足りなかったような、そんなストーリーを思いつくほどに彼のダンスは綺麗だった。私が今阿部仲でダンス部に入っている理由の大半は、彼が占めていた。


 私はその後連絡を取って、JCカフェで打ち合わせをすることになった。私はたくさん話した。かつてダンスを見せてくれたこと、それに魅せられたこと、そして何より、そんな憧れの人と同じ舞台に立ちたいという強い思いを、彼に精一杯伝え切った。


 頼さんは笑ってこう言ってくれた。


「ありがとう。そんなに褒められると照れちゃうな。もう腕が落ちているかもしれないけれど、そうだね。塚原さんの熱意を汲んで、僕も1日だけ参加してもいいかな?」


 ぜひ喜んでと返した私に、頼さんは1つの条件をつけた。それが、彼を呼び寄せてしまった。


「ただ、条件があるんだ」


「どんな?」


「A nor Bってわかるかい?」


「わかりません」


 嘘だ。


「そこにnorって言う子が居るんだけど、その子をキーボードとして参加させてくれないか?」


 唇を噛みたくなった。血がダラダラ出るほど噛みたくなった。でもそれでも、頼さんの次の言葉でなんとか自我を保った。


「彼を、外に出して欲しくてね。伝えて欲しいんだよ。君らみたいなどこまでも自由な集団で弾く音楽だって面白い、他の場所で奏でる音も悪くない、ってことを」


 …その神妙な顔に同調した結果が、今だ。


「阿部仲ダンス部を全国に導いた若きエースは、今宵憧れの人と一夜限りの伝説を作る!ダンサー、塚原真琴!!」


 そう陽川からコールを受けて、私のソロパートが始まる直前、ちらっと後ろを見た。新倉(にいくら)の顔を確認した。彼は笑っていた。いや、幸せそうだった。


 そうだよ。そう言う顔をしないといけないんだよ!!私は1人納得して前を向いた。その瞬間、目に入ってしまった女がいた。


 長い黒髪。


 二重の瞼。


 すらっとした、それでも大き過ぎない体格。


 小さな顔。


 綺麗な服。


 それは多少成長しているが、間違いなく、古村乃愛(こむらのあ)だった。


 私は、JCカフェの前よりもきつい舌打ちを繰り出しつつ、舞台上の笑顔は崩さずソロパートへ入って行ったのだった。

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