練習グラウンド、16時30分
「にしても珍しいっすよねー」
アイシングをしながら沢木はいつものペースで大声を出していた。
「あの鬼顧問が練習試合が短く終わったからって、少し早めに終わるなんて、今日腹でも壊してたんすかね。なんか聴いていないっすか?マネさん達」
そして冷たいタオルを持って来ていた私と奈緒ちゃんに声をかけて来た。
「知らない。ちかちゃんきいてる?」
私もブンブンと首を振った。
「つうか沢木、ちゃんと肩ひやせよ。お前ただでさえ怪我しがちなんだから、もうちょっとこのチームのエースとしての自覚と…」
「あーもう、話振った自分が悪かったっすから、タオルだけ置いてって帰るっすよ!」
「そっか…手作りのこれ、今日沢木くんめちゃくちゃ頑張ってたから持って来たのに…」
私はそう言って運動部名物のあれを隠した。
「やーちかちゃんには言ってないっすよー!で?なんすかそれ?なんすか?もちろん、暑い日にはぴったりの、マネさんといえばこれを作るっていうもはやアイデンティティに近いあれ…」
「はい、特大おにぎり」
「なんでっすかー???そこははちみつのレモン漬けの出番じゃないっすかー!!なんすかその隕石みたいなおにぎりは!!!確かに作るっすけど!!いつも感謝っすけど!!」
「沢木、それを言うならレモンの蜂蜜漬けだ」
奈緒ちゃんの冷静なツッコミに反応したかわからないが、沢木はクールダウンもそこそこにバレーボール級のおにぎりを食べ始めていた。
「しかもおかず無し!!100%塩!!しかしうまい!!!最高っすー!」
凄い勢いでご飯の量が減っていくのをぼーっと見ていると、奈緒ちゃんがクラブハウスに帰るよう手で促して来た。確かに、まだ仕事終わってないし…
「いやーにしても早く終わるのは嬉しいね。ちかちゃん、この後予定ある?」
「や、特にはない…かな?」
時刻は4時半、確か新倉君の演奏は2時から1時間だったから、どうやっても間に合わないだろうな。というかもう終わってるし。吹奏楽部の演奏は、間に合うか微妙なところだな。行こうかな、どうしようかな。
肉食が減ったのは、ダイエットして体重を落としたいからじゃない。君の苦手な食べ物だから。
勉強中にジャズを聴き始めたのは、集中力を上げたいからじゃない。モーツァルトのジャズアレンジを語る君の声を聞いたから。
少し帽子を浅くかぶるようになったのは、陽射しを気にしているからじゃない。君が私の赤色の髪を地毛みたいって言ってくれたから。
なんだ、もう答えは出てるじゃないか。
「久しぶりにカラオケとかどう?そこのジャン…」
「ごめん奈緒ちゃん、用事思い出したからまた今度ね!」
そう言って奈緒ちゃんと離れた私は、急ぎ槻山市へ向かって行った。まだお祭りにいてくれたらいいなと思いながら。ここで連絡を取ろうとする勇気が出ないのが、私らしいなと思って呆れてしまった。




