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4月5日その③

 教科書をたらふく抱えた状態で、俺は自転車置き場へと向かった。そこには、遠くをボケーっと見ている乃愛(のあ)の姿があった。言いつけを守って、しっかりとタイヤを持ち上げてここまできたようだ。彼女の手についた黒色の跡がそれを物語っていた。


「やーごめんねー」


 と笑いかける乃愛。それを俺は会釈1つで済ませて、自転車を見始めた。前輪のタイヤの空気が抜けていたが、目立った外傷は見当たらない。パンクしているなら穴があるはずなのだが、その様子はない。


「うっかりちょっと段差あるとこガン!って降りたらこうなってもうて……」


 そんなことLINEでも話していたな。どれほどの段差を降りたかはわからないが、恐らくパンクではないのだろう。どさりと教科書を置いて、俺は自転車を屈んでみた。


「どうかな?どうかな?直るんかなあ」


 そう言いつつ乃愛は地面に置いた紙袋を持っていた。直るんじゃないか?多分だがこれは虫ゴムに亀裂が入って空気が抜けただけだろう。そう思って俺は空気を入れる……


「……怒っとる?」


 この言葉でふと乃愛の方を見た。乃愛はたいそう寂しそうな顔をしていた。哀愁漂う顔と、黒色の髪が良く映えていた。いつもの数倍儚げに見えた。


「怒ってないよ。むしろパンクじゃなくて若干安堵してる」


 そう言いつつネジを緩め、虫ゴムの様子を見た。やっぱり、ゴムに亀裂が入っていた。ここから空気が抜けたのだ。確かまだ家に虫ゴムの残りがあったはずだ。コーナンでポイントを使い実質タダで手に入れたものだ。


「そ、そっか」

「とりあえずここに置きっ放しにして、教科書もらいにいってきたら?俺は家に帰って虫ゴム持って、修理しに帰ってくるから」

「え?大丈夫!?バイトは?」

「まだ間に合うだろ。今日も3時からだし」


 時刻は11時過ぎ。往復は1時間強。流石に間に合うだろう。どうしても不安なら家に帰った時にバイトの服も持ってきたらいい。そうしたら修理終了とともにバイト先へ直行できる。


「そ、そっか。ありがとう。今日の晩ご飯奮発すんわ!」

「いつも通りでいいよ。別に……」


 カンカンカン、階段を登ってくる音が聞こえ始めた。それに俺は過剰にビクついた。持っていたパルプとゴムを手放して、どこか遠くへ行こうとしたのだ。


 離れたかったのだ。離れればダメなのだ。彼女と一緒にいるところを見られては……


「どこに行くの?」


 裾を掴まれた。掴んだのは乃愛だった。


「え……」

「いいじゃん別に。一緒にいたって。ダメなのは、同じ家だってことだけで」


 小さな声だった。階段の登る音に負けそうなくらいのか弱い叫びだった。


「必要以上に避けないで。もう、同じクラスになったんだから」

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