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昼の部その⑦

 気がついたら30分も伴奏をぶっ続けていたらしい。これは流石に腱鞘炎案件だ。俺はアドレナリンが切れて疲労を訴え始めた手首を見ながら、Bさんのほうを見た。


「皆さん、坂道のアポロンという作品はご存知でしょうか?こちらは…」


 あ、これは……オタトークの始まりである。次に弾く曲はモーニン。イントロなら、ジャズなんて全く知らない人でも聞いたことあるのではないだろうか。気味良く吹かれるサックスが特徴だ。坂道のアポロンという作品ではこれが作品の主題のようなものだったらしい。自分の読んだことがないので良く分からないが。


 今のうちに休憩しておこう。この後はA列車がきて、the boy next doorで締めだ。後これだけになったのかと思うと、少しだけ寂しく…なったらのなら多分俺はピアノコンクールにでも出ていたのだろうな。


 道に広がるくらい、人があふれていた。今は音楽が鳴っていないからそこまでの人口密度ではないが、1度鳴り始めると人だかりで入口が埋まってしまうほどだった。そんな入口に、1人の少女を発見した。


 塚原真琴だった。同じバイトの、少しだけ後輩。それだけの関係ということにしておこう。


 まあこの後のあれに向けて、一応聞きにきたということなのだろうか。残念なことに俺の主軸はこっちだ。この後のあれはまあ、気まぐれの余興みたいなものだ。


 その割に心は落ち着かなくて、少しだけ強めにペダルを踏んだ。これまで聴きに来てくれる人なんて、ジャズ好きか常連のおじさま方おばさま方ばかりだったから、同年代がこんなにも来てくれているというのが新鮮だった。そしてそれは、案外心地の良いものだった。まあ向こうは相変わらず、時間無駄にしているとか思っているのかもしれないけれども。


「それではいきましょう、モーニン」


 でもこの曲は、Aさんに聞き惚れて欲しい。主旋律を奏で出したAさんのサックスが耳に届いたように、また入口は混雑し始めたのだった。序盤と中休み自分が目立った分、ここからはAさんの独壇場だ。俺はまた、コードとサックスを支える役割に徹し始めたのだった。

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