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昼の部その⑤

 海の見える街の演奏が終わったら、一度中休みに入る。そもそもは45分間の予定だったから、海の見える街と、この後演奏予定のA列車で行こうはアンコール用にとっていた楽曲だった。それを使って、なお30分ほど時間があるとのこと。潰れるのだろうか。こんなので、30分も持つのだろうか。非常に不安だが、まあ持たなかったら最後の曲で調整しようと前向きになったのだった。


 わああああああああと歓声を浴びつつ、跳ねるようにピアノから指を離した。今日は比較的、スタッカートを多用している気がする。気がするのではなくわざとなのだが、それでも少しオリジナル入れすぎかなとほんのり反省した。


「ではこれから特別企画に入りまーす!はい、nor!」


 Aさんはそう言って俺の元にマイクを置いた。そして後ろに下がっていった。本当にここから俺に任せるんだな。


「いやあ、丸投げですね」


 と愚痴を軽くこぼすと、会場がどっと沸いた。


「そういうわけでここからは、少しジャズと関係のないピアノに関する企画をしていきたいなあと思っています。名付けるならそれは、『魔法の伴奏』なんとこれは、誰でも即興で耳障りのいい音楽を奏でることができる、魔法のような伴奏なのです」


 話をしながら、あーここの部分もっと話す内容考えておけばよかったと後悔していた。楽譜を覚えるのに精一杯で、こんな所に気を回している時間など、自分には無かったのだ。まああれだ、Aさんの言葉を借りるなら、俺たちはコメンテーターじゃなくミュージシャンだ。多少話すのが下手でも、奏でる音楽がすべての評価を決めてくれる。


 この伴奏方法を知ったのは昨日のことだ。ふおおおおと最後の仕上げを行なっていた乃愛(のあ)の話し相手をしながら、ネタを探しにネットサーフィンをしていた時だった。念の為に言っておくが、無線Wi-Fiなんてものは我が家にない。動画を見るのは駅かマクドといったフリーWi-Fiを使ってしか無理だった。


 やはり動画見ながらの方がやりやすいかなと思い始めた頃に、ふと見つけた。『黒鍵をどんなに適当に弾いても曲っぽくなる』魔法の伴奏。


 正直言ってそこからが死闘だった。楽譜を覚える作業に入ったからだ。別にそれ自体はそこまで苦なわけではない。いやまあ、得意ではないが。しかし今回は伴奏である。一音一音、絶対に間違えてはならない。いつものノリと流れと適当に弾くやり方だと、上手いこといかないのではないかという恐れが強かった。


「友一、いつになく真剣にやっとるね。晩御飯の時間やのに楽譜読んで」


 なんて、乃愛に心配されつつ具なし炒飯を提供されたのを覚えている。それくらいナイーブだった。なんせこういう即興音楽、伴奏、この類に慣れていなかったのだから、致し方ないというやつだ。


 ソシレ。3つの鍵盤に右手を置こうとして、これが変ト長調で大量に♭が付いていたことを思い出して、半音下げるため黒鍵へとスライドさせた。左手は基本同音の連続になる。伴奏ということもあって構造は簡単だ。右手がコード進行、左手が同小節を高さの違う同音で響かせる。それを繰り返すだけだ。


 トーントトント、トーントトント、トーントトント、トーントトン。リズムを思い出しつつ、恐る恐る黒鍵を押した。コード進行はE♭m7→A♭m7→C♭/D♭→G♭add9。8小節目でG♭add9をG♭sus4とG♭に変えて、もう一度リピート。左手はレとファとドの♯を行き来しつつ、4小節目と8小節目で♯を付けるか否かで差別化してリピート。その覚え方、あまりに乱暴過ぎるだろうと誹りを受けそうだが、ピアノを習ったことのない自己流ということでご配慮願いたい。


 少しだけそのまま弾き続けた。やはり慣れていないのか、指運びが怪しかったのだ。慣らすまで少しの間弾いて、ようやく自然になってきたところで呼びかけてみた。


「それでは誰か、ここで黒鍵を叩いてみたい方…」


 ここではいっと乃愛が手を挙げた。ぶっちゃけるとこれはサクラだ。


「最初に行く人がおったら、みんな行きたがるやろ?何よりそれ、私が1番やってみたいわ!だって私、ピアノ下手やし」


 そう言って自ら進んでサクラになったのだ。まあ、今日のお客さんの雰囲気を見ていると、正直サクラなんて要らなかったような気もするが。


「昔から一つの夢っていうか、目標やってんな。友一とおんなじピアノで連弾するって。まあこれは、連弾とはちょっとちゃうかもしれんけど、私からしたらほんまに嬉しい」


 昨日乃愛は、そう言いつつ動画を見ていた。夜9時のマクドナルド。高校生がたむろしていると思ったら、案外大学生の溜まり場だった。フリマ用商品制作終了記念にポテトMを2人で分け合って食べつつ、フリーWi-Fiを使ってYouTubeを開いていた。右は乃愛、左は俺がイヤホンを使って、2人でそれを見ていた。


「ごめんね、折角のライブを私物化しちゃって。い、嫌なら辞めてもいいよ。ほら、きっとお客さんの中にノリいい…」

「大丈夫」


 俺は動画から目線を逸らさず、そう言った。


「大丈夫、大丈夫。むしろよろしくお願いします。古村さん」


 動画から目を離したら、乃愛の表情に右往左往してしまいそうで、そのまま彼女の感情を与り知らぬまま動画を見続けていた。

《参考資料》

実は今作に出てきた魔法の伴奏は、実際にYouTubeに上がっている代物です!

この度はその動画の制作者であるずっしーさんに許可を頂き、作中で登場させることができました。

この場を借りて御礼申し上げます。ずっしーさん、誠にありがとうございました。


またこの伴奏、piascoreにて無料公開されております!今回の作品を書くにあたって非常に参考になりました!皆さんも宜しければ目を通し、家にピアノがある人は是非チャレンジしてみてください!


ずっしーさん

Twitter→@zussie_piano

YouTubeチャンネル

→https://m.youtube.com/channel/UCyX-DDFuViqfBdngSXP1dBA

該当動画→https://m.youtube.com/watch?v=ypVvFjqfwOg

楽譜→https://store.piascore.com/scores/3655


またずっしーさんは他にも少し変化のつけたジングルベル、ふるさとといった個性的で興味を引くピアノ関連の動画をたくさん作っています!

ぜひ聞きにいってみて下さい!

クソザコ以下ナメクジな音楽的知識の自分でも楽しめる動画ばかりなので安心してください!


では、長くなりましたがこれにて失礼致します!

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