昼の部その④

　このバンドがこの名前をついた原因としては、偏にAさんとBさんの性格が綺麗に不一致だったことに起因している。まあそもそも、ドラムがサックスと同じような性格なら、そもそもドラムなんぞ手放しているが。そんなレベルではないほど、2人は合わない。

　Aさんはあー見えて古典ジャズ信者だ。最近のジャズ奏者は古典の１つも聞きゃしないと愚痴り、クーティウィリアムズやシドニーカトレットを知らない人間に対してジャズ語るの辞めろと罵り、プロだろうがお偉いさんだろうがお構いなく噛み付いていく。無論、アニソンのjazzアレンジやGun's ＆Roses、某隔離型推理ゲーム(ダンガンロンパv3 )のopといったジャズ風音楽は血反吐が出るほど嫌いだ。地味な見た目に反して、保守的で攻撃的でこだわりと我が強い。ある意味真の意味で音楽家らしいのではないだろうか。

　一方でBさんは、金髪で派手な見た目に反してそういった類を許容、いやむしろそっちが好きで好きでたまらないらしい。jazzアレンジ曲を施したドラム演奏を、YouTubeやニコニコ動画、Twitterにあげまくっていて、その界隈では神演奏者などと言われているらしい。本人もかなりのオタクで、声優の卵を探しに古都のメイド喫茶に通い詰めたり、好きなアニメのイベントで全国津々浦々回ったり、最近はけものなんとかとかいうアニメにハマってグッズを買い漁っているらしい。将来の夢は声優と結婚とのことだが、もう20後半のフリーターが何をいっているのかと思ってしまう。

　こんな水と油のコンビを、最年少のorさんがニコニコしつつ纏める。それがA or Bなのだ。そしてそのorさんの代わりに、新倉のnをくっつけたのが自分、norなのだ。

　酒とバラの日々が終わると、次のアイドルはBさんだった。彼は開口一番、涙ぐみながらいつもの報告をし始めた。

「Bだ…お前らに悲しい知らせがある…」

　最前列のソファー組が少し動揺していた。まあ初めてならびびるわな。常連さんはもうすでにニヤニヤとしていた。

「今年も、今年も、ルパン三世とジブリ以外のアニソン演奏を禁止されちまった！！！今年も俺は！！ハレ晴レユカイが！！叩けない！！」

　むしろお前が声優やれやというほど良い声でそう叫んだBを、常連さん中心に笑って手を叩いていた。因みにこの流れ、俺の知る限り5年連続で続いている。

「えーどうもBです。今年もこの悪魔に遮られ、アニソン演奏出来ませんでしたこと謝罪いたします」

「おい、B。これでも俺は譲歩してんだぜ？10代の俺だったらルパン三世とか死ぬほど嫌がってたからな」

「ははは、君の目の前にいる10代は何勧めてもオッケーと言ってくれるよ」

「悪いがnorと比べるのはやめてくれ」

「別に僕は何でもいいですよ。お二方が喧嘩しないんだったら何でも」

　俺はあえて冷たく言い放った。そして少しだけ目を細めた。こういうと人は、冗談だと認識してくれるから嬉しい。実際は結構ガチ喧嘩に発展しているから、板挟みの自分からしたらあまり笑えないのだが。

「そういうことでみんな、ジブリは好きかー？」

　前列にいる常連さんと、すでに酔っ払いのおじさま達が、一斉におーっと拳を突き上げていた。特に指示も仕込みもなかったのに、綺麗にタイミングよく腕が上がっていた。

「はい、みんな好きですよね！今でも世間話の１つに好きなジブリ映画は？というのがあるくらいですものね。その中でも今回は、僕の1番好きなジブリ映画から、ジャズアレンジを施してみました。それでは、お聴きください」

　へ？もう入るのか？ここから映画の話とか色々してオタトークを繰り広げるのがいつものBさんなのに…とここで俺は、Bさんがこちらに目配せしているのに気づいた。なるほど、俺の企画してきたものが十分に行えるよう配慮したのか。杞憂だが嬉しい心遣いだ。俺は迷わずピアノの鍵盤にそっと触れた。

「みなさん、空を飛べたらと思ったことはないですか？箒にまたがって、綺麗な海を空から見て回りたいと思ったことはないですか？魔法を、使いたいと思ったことはないですか？これはそんな、13歳のあどけない少女の苦悩と成長を、暖かく見守る街の曲です」

　右手をシとレ♯の上に置く。これは比較的、自分もメロデイを踏む曲だ。

「魔女の宅急便より、海の見える街。jazzアレンジで、どうぞ」