昼の部その③
ジャズバンドの主役はサックスだというと、流石に非難が殺到しそうな気がするが、素人であればあるほど納得してくれるロジックであろう。ジャズの代名詞、とりあえずサックスのパートがあったらジャズ風だのジャズ系だの言われるほどジャズの顔なのだ。まあBさんにそれを言うと、ピアノのお前が言うなと窘められてしまったが。
スリーピースになった時、我々の役割分担は明確になる。リズムをとって進行役を買って出るのがドラムのBさん、コードをなぞって曲の印象をリズムに乗せていくのがピアノの自分(nor)、そしてメロディを奏でて曲をより華やかで美しくするのがサックスをAさんだ。恐らくここから中休みまでの3曲は、そうした構成で進んでいくことだろう。
にしてもすごい完成度合だ。俺は鍵盤を行き来しリズムとメロディの橋渡しに徹しつつ、Aさんのサックスに聞き惚れていた。ルパン三世のテーマは、厳密にはジャズではない。所謂ジャズ風音楽というやつだが、もはや吹奏楽やピアノコンクール、中には三味線やお琴など、様々なバージョンが展開されて居る人気曲だ。その中でジャズverは、素人玄人問わずの定番曲だ。
それを難なくこなし、お手本のものから自由決ままにアレンジを加える彼の腕は、聴いているだけで惚れ惚れしてしまう。この後の楽曲でもそうだが、人間の歌詞に合わせてサックスを吹くのは結構大変であり、メロディを奏でることとは口で言うほど簡単ではない。Aさんはそれを、難なく成し遂げていた。
「はいどーも、A nor BのAです!よろしくお願いしまーす」
だからこそ、2曲目の終わった後のトークはAさんの担当だったのだ。俺は少しかいた汗を拭いつつ差し入れの烏龍茶をごくりと飲んだ。そこはコーヒーではないのだ。
「えーなんか、今日お客さん多くね?」
そして歯の絹なんて取っ払うタイプのAさんは、俺の心の中の疑問を一発目で口に出していた。
「いやめちゃくちゃありがたいですけど…大丈夫?今日柿園小特別ステージで有名ジャズピアニスト鷹翅弥生のワンマンショーがあるけど、大丈夫?3時からだよ?午後3時!」
心配ないさー!という声。名誉のために言っておくが最前列のクラスメイトの言葉ではない。金髪ちょんまげ色黒おっさんが、店の外でスーパードライ片手に反応したのだ。まあ、よくある光景だったりする。
「あ、当日資料貰った人と、店先の注意事項しっかり読んだ人は知ってると思うけど、今日はこの後3時から演奏予定だったLOOK ROCK LOOPが急遽取りやめになったから、俺たちが2時間ここを占拠するぜよろしく!」
唇をすぼめ、手を眉あたりにかざすAさん。地味顔に似合わぬ仕草だが、一部黄色い声も飛んでいた。やはりジャズの主役である。サックスをやる人間が1番かっこいいと、俺は素直に感じていた。
「まあそれ知らされたの一昨日で、ぶっちゃけ俺たちは何するか全く決めてねーぜ!なあBよ」
「お前が全部norに丸投げしたんだろ」
俺はタイミングよくVサインを掲げた。そして巻き起こる笑い。
「そういうわけだから、ちょっとばっかし時間があるからよ。いつもより長めにアイドルとってるからよろしく!さて、何か聞きたいこととかあるか?ねーな」
間髪入れずに言い放ち、みんな手を叩いて笑っていた。
「俺たちはお笑い芸人じゃねーし、コメンテーターでもねえ。落語家でもなければ教師でもねえ。音楽家だ!!ミュージシャンだ!!だったら語りなんていらねえ!!いるのはただ1つ。心揺さぶる音楽、だろ?」
沸き立つ観客。いやいやわくなわくな!!この人こういう雰囲気に飲まれて痛い発言連発しまくってメンバーをドン引きさせてしまう悪癖があるのだから。語りはいらねえとか言いながらTwitterとかライブのアイドルで爆弾発言とか不遜な発言連発して、そのせいで30も手前なのにフリーターのような生活をしているのだから。俺はあえて低くピアノを鳴らした。それと同時にBさんもドラムロールを短く低く叩いた。
「おうおう、早くしろって急かしてやがんなお前ら」
あ、だめだこれもうスイッチ入ってる。
「えー続いての曲は…」
「待ってくれよそれは俺に紹介させてくれないか?時間はたっぷりあるんだ、もっとこの子猫…」
ここでBさんの遮られた声を絶やさぬよう、俺は言い切った。
「Henry Mancini作曲のDays of Wine and Rosesです!」
そして睨む。Aさんも流石に気づいたらしい。
「邦訳版、『酒とバラの日々』。酒に溺れ、崩壊していく様子を描いたとは思えない陽気なサウンドを、ぜひご堪能ください」
と、ようやくまともに紹介をして、演奏に入ったのだった。
《参考資料》
ルパン三世のテーマ-ヴァリエーション&カヴァー集+カラオケコレクション-
https://www.amazon.co.jp/ルパン三世のテーマ-ヴァリエーション-カヴァー集-カラオケ・コレクション-アニメ主題歌/dp/B000AHJ8OM
東エミ Groovy Groovy〜and all that jazz〜 2016年3月16日記事『The Days Of Wine And Roses』
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/higashiemi/entry-10594372524




