昼の部その②
最後の余韻だけは、流石にダンパーを使って綺麗に伸ばした。ふうと一息ついたのを見計らったように、万雷の拍手が飛び込んできた。いつもより人が多いと思ったのは、目の前で大げさに拍手をするクラスメイトがいたからだろうか。わからないまま、拍手の鳴り終わりを待った。
「最初の1曲としてBilly Mayhewの『It’s a sin to tell a lie』お聞き頂きました。改めまして、ジャズバンド『A nor B』のnorです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたなら、またも鼓膜が拍手音で揺れた。いつもより気持ち長めに頭を垂れると前髪が視界を遮りそうになった。
「私達は、本来ジャズバンド『A or B』として活躍しているAとBに、所用でこの時期来れないorさんの代わりとして私が入る形となっております。ですので、私が人前でピアノを弾くのは、1年間で今日のみにございます…と言ってたんですが、もうかれこれ5年も連続でやっているのでレア度下がってきてますよね」
自虐を含んだら、思ったより笑いが取れた。特に前の方に座っている人たち、多分常連さんが腹を抱えていた。
「5年前は小学校を卒業したばかりで、確かペダルに足が届かないんじゃないかと心配されたのを思い出します。結構ギリギリでしたね。あー自分成長したんだなあと思いながら踏みしめておりました」
事実だ。あれから20センチは身長伸びてるし。相変わらずアイドルでの話が適当だなと反省しつつ省みない。
「小学生と言えば…すみませんしょうもない話になるんですが…最近高校のクラスで遠足に行きましてね、BBQ」
前列で吹き出している奴が数名いた。そうだ、その話をするんだぞ。
「それ終わった後に原っぱでみんなで遊んだんですけど、何やったと思います?ケイドロ、キックベース、はないちもんめ。20分休みの小学生か!っていうラインナップでしょ」
またも爆笑。ちょっと沸点低くないか?今日のお客さん。まあ前列ソファ組が顎を目一杯広げているのは仕方ないけど。
「まあそんなアホなクラスのクラスメイトが今前に陣取っててですね。立ち見とか店の外から聞いてる人もいるのに本当に申し訳ないですが、4人用ソファを7人で使用しているハンデを考慮して、生暖かい目で見てくださいよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、武田と遠坂もつられて頭を下げていた。それを見て拍手で応える観客。良かった、文句言う人とかいなくて。
「まあそんな感じで、元気にやってます。1年に一回しか会わないから、特にAさん宛にnorは元気か?どうしてるのか?といった連絡が大量にくるらしいですが、こんな感じに高校生活を普通に過ごしています。ですのでご安心ください。そしてどうしても気になる人は、5月3日のJCカフェに私はいるので!毎年いるので!絶対に居るので!そこで話しかけてもらえたら演奏とともに近況をお話し致します。どうぞよしなに」
今日一の拍手が巻き起こった。え?え?ナニコレナニコレ??盛り上がりすぎでは!?!?俺は平静を装いつつもめちゃくちゃ動揺していた。こんなつまらない話で笑いも盛り上がりも取れるなんて、全く想定していなかった。今なら寒い親父ギャグでも笑いが取れそうな気がしたし、厨二レベルの痛い発言でも拍手が巻き起こりそうな気がした。これが5年の積み重ねか、と表現するのは流石に傲慢か。
お、少し長すぎたようだ。時間はたっぷりあるから良いのだが、Aさんがサックスを吹きたくてウズウズしている様子だった。いやでも、お客さんはなんかあったまってますよ、Aさん。
「ではそろそろ次の曲に参りましょう。『嘘は罪』という訴えを真っ向から突っぱねる男の物語です。その男の名は、Lupin the Third 」
またわっと湧いた。やはり有名曲だからな。俺は少し声を籠らせて言った。
「曲名は、『ルパン三世のテーマ』です。どうぞ」




