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朝の部その②

 もう10回になるだろうか。ゴールデンウイークの終盤に、槻山市は大々的なジャズフェスティバルを開催するようになった。これはジャズで街おこしということも当然あるのだろうが。すでに古都となにわに挟まれてベッドタウンとして発展しているこの街に街おこしという響きは似合わなかった。むしろジャズの方が若い人に寄りつかれなくなったから、そちらのアピールになっているんじゃないかなどと、忌憚ない意見を述べたくなった。


 11時、ジャズストリートは始まった。別にこれという開会の儀があるわけではない。しかし駅前半径1キロ圏内で、50以上の場所で、一斉に音楽が流れ始めるので、それは開始の口火を切ったようにすら思えた。どんな開会式の盛り上がりよりも、サックスの音が何よりも雄弁に俺を掻き立ててきた。そうか、今年もこの季節が来たのか。綻ぶ顔を抑えるように、第1中の横を通り過ぎていった。


 JCカフェでも既にトップバッターが演奏を開始していた。既に店は満員、外まで人があふれていた。確かに外で聞くのもいい。風の匂いが音を連れて来て、それはそれで情緒がある。緊急出店している露店で焼き鳥でも食べながらビールでも飲んだら、至上の贅沢だろう。まあ俺はまだお酒の飲める歳ではないが。


 お客さんの入りを横目で流しつつ、俺は流れるジャズの音を身体に入れつつ裏手へ回った。裏口から中に入り、3階へと向かう。控え室だ。うん、正確にはマスターの部屋だ。事実空っぽのMonsterとかリポDが点在していたし、服も一部置きっ放しだった。広いリビングに、部屋は2つ。1人で暮らすには広すぎやしないかと、6畳を2人でシェアしている自分としては思ってしまう。


 AさんもBさんも来ていないのかと思いつつ、自分より早い出番の人らにぺこりと頭を下げた。なんか色々美辞麗句を言われたが、好きじゃない褒め方だったからもう耳に入れることすらしなかった。伊達に12歳からこの舞台に立っているわけではない。この手の、よいしょや侮蔑の含んだ甘言への耐性はつけている。たまにあの()()とか言い始める大人すらいるが、無視安定だ。


 イヤホンを耳に挟み、部屋奥の四隅の一角に腰を下ろした。音量を爆音にして、すうううっと大きく息を吸った。聞くのは無論、今日演奏する曲だ。一部アレンジしたものがあるがそれもAさんが落としてくれた。楽譜いるか?なんてもう聞くことすらやめてしまったようだった。もうわかったのだろう。俺に楽譜は不要だと。


 昔からそうだ。手元にピアノがないのは当たり前で、いつだって耳コピとイメトレだ。かんかんかんと床を指で軽快に叩きながら、数時間後の自分に酔っていた。

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