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朝の部その①

 起きて早々、我が家は麻の鞄で埋め尽くされてしまった。畳の上に転がるいくつもの鞄。その数なんと、50個。


「流石に作り過ぎたんじゃね?」

「そ、そうかなあ。でも2日間売るんやで!1日25個として、11時から5時まで売るから…大体1時間に4個のペースで売れたら完売!あれいけとるんちゃう?」

「いけてるわけねえだろ。素人の鞄がそのペースでコンスタントに売れるんなら、俺だってバイトやめて今すぐ始めるわ」


 そう社会の現実を伝える俺だったが、乃愛(のあ)はけろっとした顔をしていた。不安だ…不安で仕方がない。社会経験のないお嬢様みたいな乃愛がお店をするなんて、怖くてしょうがない。


「でもこれ結構いい出来やで!これで500円って安ない?」

「お陰様で42個が損益分岐点とかいう薄利状態だけどな。なんだよ8割売れても儲けでないって。収益管理ガバガバじゃねえか」

「う、うるさいなあ!!いいもん、そんな言うんやったらなあ!全部売れたとしても、あんたの所には一銭も渡さへんからな!」


 ぷん!と頬を膨らましつつ、乃愛は大きな風呂敷に鞄を詰め始めた。この風呂敷は下に住んでる須野原さんが行商人時代に重用していたものらしい。うん、冗談だと思うだろ?いつの時代だよって。本人が言うには本当らしいが、なんせここに住む人だ。信用度など塵に失礼なほどない。


「なあ、乃愛。もしかしてお前商品全部持ってく気か?」

「ん?悪い?」

「いや、そんな売れるわけねえじゃん。明日もあるんだから半分でいいだろ」

「もしかしたらいっぱい売れるかもしれへんやんか!!その時在庫なかったらどうするん?」


 こいつ、なんでこんなにポジティブなんだ?確かに素人が初めて作ったにしては丁寧に出来ていると思うが、そんな付加価値で買って貰えるほどこの世界は甘くない、はずだ。


「せめて30個とか35個とかにしとけよ」

「じゃあ40個!」

 10個だけポツンと置かれた。その大半が俺の手伝ったものだった。なんとなく、物悲しい。


「んじゃ、1時半になったら一旦休業して、そっち向かうわ!マスターさんに席あけててくれたら嬉しかったり…」

「図々しいやつだな。まああの人昨日の段階で予約席1番前に置いてたから、その気満々なんだろうけど」

「ほんま!?んじゃそこに座ってもらおっかな!」

「ん?誰が?」

「今回呼んだ人!のどかちゃんに梅野(ばいの)君、魅音ちゃんに衛藤君、そして遠坂(えんさか)君とあと、現田さんも来るかもって…」

「…結構呼べたんだな」


 さすがは人徳ある生徒会長、と言う所であろう。


「今のうちにLINEしといたら?早いやつはもう座ってるかもよ。つうか乃愛もそろそろ出ろよ」

「うわ!もうこんな時間やん!」


 バタバタと荷物を作り立ち上がる乃愛。土留色の風呂敷を担ぎながら、乃愛は精一杯首を後ろに曲げつつ笑いかけてきた。


「それじゃあ、今年最初のライブ、楽しんできてね!健闘を祈る!」


 そして乃愛は親指を立てつつドアを開けて外へ出て行ってしまった。あまりに急な出発だったが、まあ彼女からしたらいつものことである。


 時刻は10時過ぎ、俺もそろそろ動かなければならない。今年最初のライブ…今年最後のライブとは口にしないで、ポキポキと指を鳴らしていたのだった。

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