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5月1日その⑦

 深く考えていた割に出てきた解答がぼんやりしていたので、俺は少し戸惑ってしまった。いや、勝手に具体的な案が出てくると思い込んでしまったこちらに非があるのだが。そしてそれを察したのか、乃愛(のあ)は続けて言った。


「ほら、観客にいる人も一緒に楽しむって、基本40分しかない、しかもあんだけ人の多いイベントだと難しいやろ?」


 声の出所が真後ろから移動してきているなと思ったら、どうやらご飯をよそってくれているようだ。


「お、サンキュー」

「こちらこそ〜!あ、皿出そっか?スープ入れるお椀と」


 あ、お願いと俺がいう前に食器棚を開けていた。相変わらず気の利く人だ。


「観客も楽しむ、かあ。コールとか?踊ったりは無理でも、声掛けくらいなら店内でしても問題ないだろ多分」

「あー確かに!ジャズって感じなくてむしろええかもしれんね。珍しいやろ?」


 というか聞いたことないな。ジャズのコールって、大人の嗜みのようなジャズとは真反対の代物だ。


「でもなんかなあ…」


 お皿を並べながら乃愛は首を傾げていた。


「どうしたんだ?」

「あれ、楽器さわれたらおもろいよね!」


 そしてそのお皿に洗ったサラダを盛り付けて、さっさと机に持って行ってしまった。俺は大皿に野菜炒めをいれ始めた。


「楽器?」

「そう!ほら、私みたいなさ、音楽的な才能全然ない女の子でも、楽器を体験して、さらに上手く弾けるようになれたらええ感じやない?まあそこまで無理やとしても、せめてめっちゃ綺麗にピアノ弾いているような気分になれるようサポートするとか…」


 ほぼ作り終わりかけの帽子を押入れに戻しつつ、乃愛は必死に意見を申し立てていた。


「新しく企画用意するんは時間稼げていいんちゃう?真ん中の方で、ひと休みな感じで。そこでお客さん何人か連れ出して、サックスでもドラムでも、ピアノでもいいからなんか体験できたら…」

「なんか、異文化交流とか地域交流で伝統の楽器体験する的な話になってるな」

「ははは、そうかも」


 からっと笑った乃愛は、その後に


「具体的なことなんも言えんでごめんな」


 と謝ってきた。ぺこりと下げた頭は、決してふざけたものではなかった。


「なるほどなあ。でも時間に余裕があって、ここから曲を増やすのはリスキーだし、そういう路線が王道かもな」

「せやろせやろ??あれやで、私サクラ役として使ってもええで!頑張って演技するわ」


 乃愛は手をぐっと握って胸の前に持ってきた。結構やる気だな。スープを持ってきて、机に置いた。


「まあちょっとネットで探してみるわ。『演奏 初心者 即興』とかで。良いネタがあったら採用するし、無かったら…また考えるわ」

「うん!なんならこれから私と一緒に探さな…」

「帽子作りが終わったんなら手伝うけどな」


 流石にこれには乃愛も背中が丸くなってしまった。それを見て、俺は手を合わせる。


「いただきまーす!」

「いただきまーす!!」


 そして夕ご飯を食べ始めた瞬間だった。スープの味付けが若干薄いかと首を傾げた瞬間に、乃愛は尋ねてきた。


「他にさ、相談したいことってある?」


 その言葉で目を丸くしてしまった。ああそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。迷ったが、俺はぼやかしていうことにした。


「乃愛」

「ん?」

「17時30分、阪急槻山駅高架下広場」

「……え?」

「きてくれたら嬉しい」


 乃愛にはどうやらこれで10を知ることができたらしい。にっこりと頷き、片手でVの字を作っていた。そしてそのまま、スープが薄味だと文句を垂れ始めたのであった。

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