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5月1日その⑤

「いやまあ、別に良いですけど…」


 黒鍵を叩くと綺麗なシャープ音が聞こえてきた。


「いいかい?すまないね。ほんの少し長めに時間を取ってもらうだけでいいから」

「パンフとかにはどう書くんですか?」

「当日配る分には挟み込みで訂正を入れるらしい。僕も当日は注意書きしておくよ」

「お金発生しないイベントで良かったですね、ほんと」

「まあ、だからこそ毎年1.2件はドタキャンされちゃうんだけど」


 マスターは嫌味と言うよりは、諦めたような口調でそう語っていた。確かに、お金の発生しない物事は総じて責任が曖昧になる。断っても迷惑にならないというのは良い逃げ道になる。いくら自分が子供でも、それくらいのロジックは理解できた。


「というか、Aさんから許可は下りたんですか?」

「ああ、おりたよ。でも1つ問題があってね…」


 ん?俺は首を傾げた。


「何も思いつかないから君に全部投げてほしいって言われちゃってね」

「つまり、俺が追加分何演奏するか考えろってことですか?」


 マスターは少し申し訳無さげに虚ろな顔をしながら、


「そうなるね」


 と答えていた。


「まー……いつものことですけど勝手なこと言い始めますね」

「申し訳ない」

「あ、マスターに言ってるわけじゃなくて、AさんとBさんにですよ!」

「Aさん曰く、演奏曲決めるの君だけ一曲少なかったからって」


 ほー、耳障り良い詭弁だな。そう思いつつ俺は高音域を丁寧に調整していた。そろそろ終わりだ。


「まあ、何かしら考えておきますよ」

「何から何まですまないね」

「いえいえ、こちらこそ今年もここで演奏させていただきありがとうございます」


 マスターはしみじみとした声でこう言った。


「もう5年になるんだね。君がここでピアノを弾くようになってから」

「そんな経ってましたか。時の流れは速いですね」

「相変わらず、他の場所では弾かないんだ」

「あの日ここで演奏するピアノが最高だって知ってるんで。だからとても感謝してますよ」


 取り外していた蓋をつけ始めた。


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 そして手際よくカバーをかけ終わると、一度ぐいっと伸びをした。そして淹れられたコーヒーを飲む。一度口をつけて、すっと離して、また飲み始めた。


「やはり冷めたコーヒーは微妙だろ?入れ直そうかい?ついでに聞いてほしい話もあるし」


 そう言ったマスターは、俺の承諾もなしにコーヒーを淹れ直しに行ってしまったのだった。

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