4月5日その①
風呂も布団も物干し竿も、なんでもシェアする2人だが、自転車だけはお互いに1つずつ所持している。というのも、残念なことに通う学校がここから数キロ離れているので、自転車がないと通学できないのだ。まあ普通の人は電車で通うのだが、そんなお金があるのならとっくに布団を2つ買っているというやつだ。
「じゃあ先に出るな!」
チャチな携帯ドライヤーで髪の毛をブローしている乃愛を尻目に、俺は玄関のドアを開けた。
「あーごめんね、こんな朝早くから出てもらっとって」
「別に?今日も夕方からバイトだし、乃愛はのんびりこいよ」
「お言葉に甘えさせていただきます、友一君」
まるで学校にいる時のようなよそよそしさ。完璧だと恍惚し、俺は親指をビン!っと立てた。釣られて乃愛も親指を立てる。
「行ってきまーす」
と言って部屋を出た。階段をステップよく降りていく。調子が良いのではない。しっかり噛み締めて降りていたら、むしろ踏み抜いてしまいそうになるからだ。
メキメキいう建物を後にして、ギコギコいう自転車にまたがった。ペダルを漕ぐと風を感じた。心地良いとは思ったが、いつものことだと気にも留めなかった。
学校まで大凡40分ほどある。自転車で40分だ。まあ田舎の高校なら片道1時間もザラではないらしいのだから、まだまだ恵まれている方だと割り切っていた。
国道沿いを漕ぎ、川を渡り、高速道路を右手に垣間見る。慣れてきたら学校に着くまで、体感的にそんな時間がかかっていないように思える。だからこそ、それまでにちゃんと、バイトで見せる作り笑いと、自室で見せる本気笑いを、しっかりと封印しなければならない。
新倉友一は、影の薄い人である。これは客観的に見た自己評価だ。部活にも委員会にも所属していないから、特に所属するコミュニティもない。成績もそこそこで、特筆する科目もない。基本的に無口で、必要最低限のことしか話さない。外見の特徴としては、伸ばした前髪が黒縁の眼鏡にかかっていて顔が隠れていた。まあ最近はバイト先の店長から言われて少し切ったが、陰鬱な印象は拭い切れていない。
誰もが認める無個性な人。誰にも印象に残らない人。それが俺だ。
自転車置き場に自転車を置くと、俺の目の前に男女の集団が見えた。鞄には『FUJIGAOKA HIGH SCHOOL SWIMMING CLUB』という金色の刺繍がなされていた。男子2人、女子1人が楽しそうに歩いていた。
羨ましいとは思わなかったが、その後ろを1人で歩いていた。決して近づかないように、さりとて遠ざからないように。
これが、俺の日常だ。今日もさっさと教科書を購入して、あの家に戻ろう。前方のきゃっきゃとした会話を聞きながら、俺はそう思っていた。




