5月1日その④
JCカフェと聞いて、いかがわしい風俗店か制服コスプレメイド喫茶だと連想する人は結構いるだろう。事実自分も、最初に聞いた時はなんとも思わなかったが、時が経つにつれてすごい名前のカフェだと思うようになった。しかしこれは女子中学生(JC)ではなく、JAZZ CLASSICでJCなのだ。その名の通り、格調高い店内と粋なマスター、そして小気味よく流れ続けるジャズはまさに大人の憩い場だった。そんな場所の前に、俺は粗末な服を着てボロボロの自転車を止めていた。場違いだろう。自分でもそう思う。
店内に入ると、すでにマスターの頼さんがコーヒーを入れながら到着を待っていた。
「こんにちわ、頼さん」
俺はぺこりと頭を下げつついつもの最奥の席へと向かった。
「おー友一君!少し遅かったじゃないか?事故でもあったのか?」
「ある意味事故ですね」
「?」
「終礼が長引きました」
一瞬固まった顔はすぐに緩んだ。
「いやあ、終礼なんて20年は聞いてないね。そっかあ、本当に友一君、高校生なんだね」
「老け顔ですから」
「そんなことないよ。大人びてるって言うんだ」
ソファに腰掛けることもなく、その前に置かれたピアノの様子を見る。
「コーヒーくらい飲んで行ってよ。結構いいの、入ったんだから」
「あ、ありがとうございます。アイスですか?」
「ホットだよ。コーヒーにアイスは邪道だと…」
「じゃあ冷ます間にピアノ調律しますね」
「…それ、アイスだったら冷めないからその間に!とか言ってたでしょ」
はははまさかそんな。遅れたからこそ、俺は一刻も早くピアノの状態を見たかったのだ。一体これは何年物なんだろうか。昔から触っているくせに、相変わらず何も知らない。
調律の仕方を知ったのは今年からだ。と言ってもこれには専門の職人がいるほど奥の深い世界であり、無論俺はそこまで到達しているわけではない。明らかにおかしい音を修正しつつ、全体のバランスを狂わないよう手探り状態だ。一度も手入れすらしたことのない、1年で1度しか使わないピアノだからこそ、丁寧に仕上げたかった。
「いやあ、僕がピアノ全くできないからね。申し訳ないよ、オブジェ扱いになってしまって」
そう言いつつマスターは少し白色が目立つ頭をぽりぽりとかいた。
「むしろ1年間置いてくださってありがとうございます」
フェルトウェッジを使いつつ、オクターブ音を合わせていく。マスターの顔は見ない。自分は耳に自信がないから、多分プロが見たら失笑するほどの調律なんだろうな。そんな自虐を自分で舌打ちしつつ、手を動かしていく。
「なあ、友一君。少し相談があるんだけど、いいかな?」
マスターはしびれを切らしたようにこう打ち明けた。
「君らの演奏時間、少し伸ばしてくれないか?後ろに予定されていたバンドが突然ダメになってね」




