4月25日その⑦
物心ついた時から、俺は施設にいた。
親の顔は見たことがなかった。いや勿論見たことはあるのだろうけれど、どこの誰でどんな人かわからなかった。それは俺だけじゃない。施設の人みんながそうだった。どうやら俺は捨てられたらしい。どんな事情があったかは定かではないが、俺は親から捨てられたらしい。
更に厄介なことに、様々な病院や自治体に問い合わせたものの、ついに俺が誰か判明しなかった。確かなことはわかっていないが、恐らく出生届を出されずに生まれた子供だったようだ。人はこれを、無戸籍者と呼ぶらしい。つまり俺は、生まれたのに出生届も出してくれないような親に捨てられて、施設の人に拾われたのだ。だから本当の誕生日なんてわからないし、生まれも育ちもわからない。ただ、気づいたら俺は、ここが家かと錯覚するほどに鷹翅に馴染んでいた。
無戸籍の者が受ける処遇は、中々に過酷だ。その中でも俺は、比較的恵まれた方だった。早いうちに住民票を作ってもらい、義務教育を受けることができた。高校進学は諦めていたのだが、自治体と掛け合ってなんとか認めてもらえたらしい。無論掛け合ったのは鷹翅の人だ。今この生活を歩んでいるのは彼らのおかげだ。本当によくしてもらった。今後どれだけ自分が普通の生活を歩めるのかは不透明だが、それでもこの17年、みんなと同じように学校に通うことができたのは、間違いなく鷹翅に感謝しなければならない。
でもそれは、俺だけの物語だ。彼女にとって鷹翅とは、また別の意味があるのだ。
「………ぬわああああ!!!!」
柄にもなく大きな声が、野鳥がビビるほどの爆音が、俺の鼓膜を劈いては離してくれなかった。
「だめやなあ。だめやなあ最近の私。自分から話題振っといて暗なるとかめんどくさい女しとるよね。やめやめ!!ケイドロに集中し…」
「いいんだぞ、少しくらい弱音吐いても」
俺はそう言って泣きそうな乃愛を見た。
「むしろ去年の乃愛がおかしかったんだよ。不安1つも漏らさないで、水泳部も生徒会も目一杯頑張って、うちの家事も料理もやって…弱音くらい吐かなきゃ、人間おかしくなるって」
ばさばさっと、鳥が飛んで行った。
「でも今の、流石にあかんやろ?」
「何が?」
「いや……なんでもない!」
そしてピョンと、跳ねるようにこちらに近づいてきた。
「せやんな……あんたにとっての鷹翅は、実家みたいなもんやからな」
「そうだな…」
「学校にも行かせてもろたし、今の生活が営めるのもあそこのおかげやもんな」
言い聞かせるように乃愛は言っていた。俺は思い浮かんだ言葉をしっかり飲み込んでいた。言えるはずがない。乃愛にとっての鷹翅は、そんな美談で終わるものでは無いのだ。
「んじゃ、今度こそケイドロに戻って…」
がしっ!!手を掴んだ。驚く乃愛に、ニヤリと笑う俺。
「へ?」
「乃愛、いつから俺が泥棒だと錯覚していた?」
そしてそのまま遠く離れた牢屋まで引っ張り始めた。
「へ?へ?あんた警察??」
「警察だぞ最初から。俺の秘儀、秘匿認識を舐めるなよ」
「何そのダサい名前!!ってかなんでじゃこんなところに隠れてたん??」
「そりゃ、君みたいな記憶力散漫な人間を釣り上げるためさ、ねえ古村さん?」
このまま2人は……牢屋まで謎のランデブーをしていったのでした。めでたしめでたし?である。牢屋で手を離す時でさえ、未だに彼女の手は震えたままだった。それがとっても身に沁みた。やはり彼女の前で、あまり昔の話をするのは避けようと、俺は改めてこの胸に刻んだのであった。




