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4月25日その⑥

「何顔膨らませてんの?」

「べーつにー?」


 草木に隠れていた俺に対して、後ろから乃愛(のあ)がじっと見つめて立っていた。小さな顔を目一杯大きくしていた。


「ただ?まあ同居人としてはあそこで私を選んで欲しかったなあ的な??」

「何だそれ」

「まあでもちかちゃんならいいかな!にしてもそうかそうか〜」


 にやにやと頬をだらしなくする乃愛。


「私友一の…いや、新倉(にいくら)君の女の子の好みってお聞きしたことなかったけれど、なるほどちかちゃんみたいな()が好みなんだあ」


 反応しなかった。


「何々?私が恋のキューピット役してあげようか?こう、ばきゅーんってさ」


 乃愛は右手を残して左手で弓を引いていた。ぱあって手を離した先には、おそらく地面に刺さるであろう角度だった。


「なんせ私は、ちかちゃんの1番の親友なんだから!今日も結構話してたし、脈あるかもよ」


 ぐいぐい押してきても、無反応のままだった。遂には乃愛も匙を投げた。


「友一?」

「新倉君だろ?」

「いやもうこれ友一案件やで。説教の時間や。せっかく私が慣れへん恋話厨(スイーツ)役を買っとうねんから、少しくらい乗ってくれてもようない?」


 まあ大方そんなことをしていたのだろうと思っていたが。


「もうわかってるだろ?俺がそんなことする奴じゃないって」

「わかっとるからこそ悲しいんや!何思ってた通りの返ししかしやんの!もっと期待を裏切ってほしいわ!」


 乃愛はさっきよりも頬を膨らましてしまった。


「友一、リア充になれとか彼女作れとか言わんけど、好きな人くらい見つけた方が学校楽しくなると思う…」

「それよりさあ」

「おいい!最後まで言わせてや!!」


 そう突っ込む乃愛を軽くいなして、俺はしみじみと言った。


「何でこのクラスはさ、花いちもんめとキックベースした後ケイドロしてんの?」


 そうなのである。BBQ後の自由時間、我がクラスはこんな小学生の昼休みみたいなラインナップを全力で楽しんでいたのだ。因みにキックベースは正確にはキックベースではなく、男女ペアとなり、男子がボールを投げ、女子がボールを蹴り、誰が1番遠くまでボールを飛ばせるか競う会になってしまった。初めての共同作業と名付けた今野はいくらイケメンでもそろそろ怒られるべきだと思った。


「まあよくない?小学校の頃やった遊びを今全力でやるってのも」

「あんなキックベース小学校の時もやってねえけどな」

「あははは、そうだね!」


 と言っても、小学校にこんなことをした記憶はあまりなかったりする。ケイドロも、花いちもんめも、あるのは小学校の記憶ではない。あるのは…


鷹翅(たかつばさ)のこと、思い出してた?」


 あまりの言葉に、俺は乃愛の目を見て押し黙ってしまった。目を丸くしてしまった。血流が冷え込む感覚がした。その乃愛の顔が冗談に見えなかったから、余計に背筋が震えた。


「ん?何あんた怖がってるん?」

「いやだって……」

「流石にもう吹っ切れとうよ。傷が癒えるには十分な時間経っとるからな」


 そして乃愛は笑った。非常なほど怖い笑顔だった。それに恐ろしさと、悍ましさと、深い畏敬を感じた。


「槻山市最大の孤児院にして、身寄りのない子の最終漂流地」


 後ろに組んだ手が震えて見えた。


「そして、同居人新倉友一の出身地」


 身体全体が脆く崩れてしまいそうだった。


「私にとっての鷹翅は、それだけ。たったそれだけ…よ」


 そう言い聞かせる彼女の声は、とても大丈夫には響いてこなかった。

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