4月22日その⑤
その時の自分の感情は、一体どんな風に近藤へ写ったのだろう。戸惑いを含んだ困惑なのか、誤魔化しを塗り込んだ焦燥なのか、それとも、投げやりを注いだ諦念なのか。わからないからこそ、自分だ。前も言っただろう。俺はいつだって、自身の感情に気付くのが遅いのだ。
「や、ごめん。そんな顔するとは思ってなくて…」
ほんの1秒弱黙っただけだ。ちらっと近藤の端正な顔立ちを凝視しただけだ。少なくとも俺はそう認識していたのに、彼女はまるでタブーに触れたかのように目を逸らした。教えて欲しい、俺は今どんな感情をしていたのだ。
「うーん、海鮮系は日持ちが怪しいかな」
そんな自分の真なる願いなど、口に出さねばないのと同じだ。近藤はさっさと話題を切り替えてしまった。
「前日手の空いている人に買いに行かせる?」
「そうだね。因みに新倉君は?」
「あーバイト。無理だ」
「バイトしてんだ!?」
「珍しいだろ?」
「うん。この辺で?」
「や、地元。槻山」
「そっかあ…んじゃ、のどかちゃん辺りに頼もうかな」
普通の会話に戻ってきた。それでも、近藤は遠慮した顔でこちらを見ていた。それはまるで、人の精神的地雷を踏み荒らしたような、そんな顔をしていた。彼女のからっからの笑いが、その時ほど空虚に響いたことはない。
「なんかさ、新倉君って話してみると結構話すね」
ん?よくわからない評価だ。本人もそう思ったのか、すぐに
「なんか今の日本語変だ」
と言って軽く笑っていた。
「案外親しみやすい、みたいな評価?」
「そうそう、そんな感じ」
「流石に過大評価な気がする」
「そう?クラスで極力1人でいるし、去年同じクラスの女子達に存在忘れられてるし、顔に感情浮かんできてないし」
「何気にひどいこと言ってない?」
そうかもーと言って笑う近藤。そして……
「でもそのまま、クラスでは出さないでくれた方が、ちょっと嬉しいかも」
照れたのか小声だった。細い輪郭が更に細くなった。黒目の割合が少ない彼女の目が泳いだ。その言葉に動揺しているのは、むしろ彼女の方だった。
「善処するよ」
「?」
「考えておく」
言い方を柔らかくしたら、向こうも納得したようだった。別にこちらとしてもクラスの中心になる気なんてさらさらない。そんなもの、俺は望んでいない。だから別に、取り留めて否定する事柄でもない。
「んじゃ…」
一瞬、乃愛と言いかけてそれを飲み込んだ。
「古村さん達の所に戻ろっか?」
そう言って踵を返すと、近藤もカートをカタカタ鳴らしながらついてきた。俺にはこのなんとも言えない雰囲気を表現することなどできなかった。ただ、気を遣われていることだけは確かに思えた。その気遣いが、何の為で、誰の為かがわかるほど、俺は大人ではなかったが。




