8月25日その②
「夏休みってさ」
「ん?」
「なして8月全部休みにならんのかね」
乃愛は一度出した参考書を片付けつつ突飛な愚痴を言い始めた。何故か言葉が変な方言になっていた。わざとなのか微妙なラインだ。
「そらまあ、ゆとり世代からの反省でしょ」
「学校の授業増やしても学力伸びんやろ。時間増やしてやること増やしても生徒側のやる気が変わらんと何も変わらん」
「知らねえよ。文科省に言え」
「文科省も生徒のモチベーションまで面倒見んやろ」
「……わかっとるやんけ。だからせめて授業を増やしてるんでしょ」
朝から卓袱台に頬をつけブーブー言い続けている乃愛を見つつ、こいつは何に文句言ってるんだと思いながら白湯を飲む。夏に熱いものを飲むというのも乙だ。
「ほら昔のゲームでさ、8/32があるゲームあったん知っとる?」
「それはテレビゲームか?ボードゲームか?俺はそこからわからんぞ」
「テレビゲームよ、ぼくらの夏休み戦争みたいなタイトル」
「全く知らんが7日間戦争と被ってね?それは昔図書館で読んだ小説にあった」
「あのゲームやったら8/31まで夏休みやないと困らん?設定的に」
「まあ……そらそうだけど……」
いつも以上に話に取り留めがない。疲れているのだろうか。長い夏だったから仕方ないと言えば仕方ないけれど、とはいえ少し、いやあまりにも、内容のない会話で驚いていた。これでも学内で有名な優等生生徒会長なのだが、今の彼女はさしづめフラペチーノ片手にスタバで大声談笑する典型的女子高生のようだった。いやこれも中々の偏見っぷりだが。
そもそも今朝の宿題チェックからして、既にお互い確認しもって進めてきたから改めてする必要はなかった。しかもまだ土日があるから、やるとしても土曜の朝くらいで十分間に合うだろう。何でわざわざ……と思ったが反論するほど頭が回っておらず、結果謎のチェックリストを消化したのだった。
「なあ、乃……乃愛?」
躊躇いながら声をかけた。何となくだ。そう、何となく。声をかけづらい雰囲気を作ったのは、もはや何が原因か分かりはしない
「ん?」
見た目無垢な顔を向ける彼女は、それはまるでこれからもこの日常が続くような錯覚を引き起こした。そしてその錯覚を認知したからこそ、もうこの日常が終わりへと向かっているのを痛感させられたのだ。
「あのさ、今度……」
適当な言葉が見つからないまま話始めた。そしてそれを遮るように、乃愛の携帯が鳴った。そして自然な動きで、彼女は外へ出ていった。出て行く途中に声が聞こえた。とても焦った声色だった。
「宿題手伝って!!!」
声を聞いただけで鮮やかな赤髪が目に浮かんだ。乃愛が戸を閉める直前、自分の苗字が乃愛から出た気がした。勘違いじゃなければ、そうだ。とてもとても冷たい、新倉くんという初対面の響きが脳を直接揺さぶったのだった。




