8月24日その⑥
何とか大きなミスなく仕事から帰ってきたら、同居人は編み物をしていた。そういや文化祭でマフラー売り捌くとか言ってたな。
「あー友一おかえり。冷蔵庫にご飯入っとるで」
乃愛はしっかりと視線を合わせて話していた。それはまるで、これまでの日常がこれからも続いていくことを確信したかのような……いや、確信したと思い込みたがっているような顔だった。
「ありがとう」
「豚肉味噌で炒めた」
「まあまあ豪華じゃん」
「お野菜もやしだけやけどな」
「仕方ない、暫く極貧生活だし」
古森がある程度負担にならないよう配慮してくれたものの、旅行での出費はそれでも結構なものだった。もしかしたら明日の朝ごはんは鶏がらスープの具なしになるかもしれない。多分自分はいつか不健康で死んでしまうんだろうなと思いつつレンジを操作していた。
「お土産渡してくれた?」
乃愛は少し声を上擦らせて聞いてきた。
「あー渡しておいた。喜んでたよ、特に店長」
「そら味噌を事前注文しとったしな。キーホルダーは?」
「辻子さんが気に入ってたぞ」
お土産の中には乃愛が選んだものもあった。一応彼女も、少しだけだけどバイトしているし。俺は手を合わせてから肉を食べ始めた。昼のことがあったから飯が喉を通るか心配だったが、案外人間というのは強く出来ているみたいだ。
静かな時間が流れる。何となくそれが心地悪い。去年の今頃なんて、別の時間が流れているかのように静かだったのに。こうやって人は慣れていくのだろう。今が心地良い日常になってしまったらもう抜け出せない。ポジティブな感情さえあるのなら、心の距離は縮まれど広がることはないのだから。
「そういやさ」
ぽつりと呟いた。俺が口を開いた。でも次の言葉が出てこない。乃愛は顔をあげて首を傾げた。
「どうしたの?」
その顔がちょっときれいだと思って、ほんの少し見惚れかけて、そして次の言葉を探していた。何を聞くんだった?聞きたいことはいろいろあるけど、聞きたくないこともいっぱいある。
これからのバイトのこと、肝試しでのこと、家を出て行くこと、戸籍のこと、何より乃愛と自分との関係について……山ほど話すことはあるのに、それを口に出す勇気が湧かない。
「……マフラーは仕上がりそう?」
結局俺は無難な質問をぶつけた。
「良い感じやで。今回は学校内のフリマ太客のおじさんとかいないだろうから少ない目に作る」
「賢明だな。前回の売れ方はチートだったから」
「えー実力やろ」
「んなわけないだろ。JKの手作りって事で付加価値つけまくってたじゃん。そら文化祭のフリマだときついな。なんせ他の物品もJK製作だし」
「つまり今回馬鹿売れしたら実力ってこと?」
「変な価値つけなかったらな。生徒会長製作とか喧伝したり……」
「え?あかんの?何なら生徒会長引退製作くらいの勢いなんやけど」
「大言壮語だろ」
「いや実際これ作ったら……ね」
ここで乃愛の会話が途切れた。気を遣ったのだろう。その対象が、俺なのか自分自身なのかはわからないけれど。
「……何でお前はそうセールスのところで工夫しようとするんだよ」
「どやあ」
俺はなるべく足早にご飯を済ませつつ、こんな言葉でオチをつけた。




