8月24日その③
無知とは怖い病気である。何も知らないということはそこに意識が向かないことと同義だからだ。悪気なく人を傷つけることもあれば、真面目に生きてきたのにハードモードになってしまうこともある。昔無知を知ってるからお前らより偉いとほざいた哲学者がいたらしいが、なんてレベルの低い議論なんだと呆れてしまう。当然じゃないが。だから無知は怖いんだよって事を伝えろよ。いや伝えてたのかもしれないけど。
自分に戸籍がないと知らされたのは中学校上がってからだったと思う。というか小学校の頃は戸籍という概念を知らなかったから、特に気に留めていなかったのもある。そして義務教育卒業を待たずして一人暮らしを始めた。その際の手続きは、施設の人がしてくれた。これは秘密裏だから私達がやっておくねと。本当は施設にいるんだけど、無理言ってここに住んでもらうからねと。
思えばこの時点で気づかなければならなかったのだ。何故俺はそれで高校に行けるようになったのか、何故市役所便り宅配物が家のポストに届くのか、もっと考えるべきだった。
「番号札3番の方!」
窓口でこう呼び出された時の俺はまだ、そんなことなどつゆ知らずぼーっとしながらクールビス実施中のラフな職員の元へ向かっていった。
「戸籍を取得したいとのことでしたよね?」
「はい」
「所謂自分は……その……両親がいらっしゃらないので戸籍がないと」
「はい、養護施設の方でもそのような事を言われて育ちました」
「今のおうちに入る時の手続きは…」
「それは養護施設の……んん??」
ここで俺はついに引っかかった。いや、俺は今養護施設に籍があることになってるんじゃないのか?
「本人確認のできる書類が全くなかったのでこちらも学生証から同定しなければならなかったのですが、現在藤が丘高校に通う新倉友一様でいらっしゃいますね?」
「はいそうです」
「生年月日も登録の携帯番号もお間違いないので本人と断定いたしますが、住所は現在〇〇町ののどぐろ荘にお住みということで…」
話が違った。聞かされていた話と違った。つい最近まで俺は聞いていた。住所は児童施設になっていると。戸籍に関しては内々で動いていると。でも思えば、はぐらかされていたのかもしれない。
そして痛烈な一言を見舞った。優しい口調で、絶対に誰も傷つけないであろう固い意志を持って発したであろうそのセリフが、無情にも俺にはクリティカルだった。
「戸籍については既に登録がございました。本籍地は京都府左京区…」
もしかしたら、勝手に手続きをしてくれたのかもしれない。そんな期待はするりと逃げた。
「未成年後見人は古村様と、お間違い無いでしょうか?」




