2日目夜の部その①
残念なことではないけれど、悪夢は見なかった。こういう時、よく王女様の夢を見てしまうのが情けない俺の厭世だったのだが、夢を見るほど眠りが浅くなかったみたいだ。車に乗り込んで、気がついたら爆睡。でもそれは、俺だけではなかった。
サービスエリアでは全員が眠たい顔をしつつトイレを済ませていた。大体のお土産を買ってしまったから、わざわざ既製品だらけの物産に興味などない。むしろ、飲料水とかお菓子とかを買っている人もいたが、それも少数だった。
俺は伸びをして、そしてこれからのことを考えた。俺達は、この旅が終わったらまたあの狭い部屋で共同生活を始めることになる。それももう、終わってしまうのだろうが、ほんの少しの残り香のように彼女との生活が続いていく。
いつまでも居ないことは重々わかっていた。高校生2人が暮らしていくことなんて、血縁や恋慕の繋がりがあっても難しいことだ。なおさら、そんな絆すらない2人なんて、脆く崩れて当たり前だ。
わかっていたことなのに、いざ直面するとおどおどしてしまう。1人になった部屋を想像できなくて寒々としてしまう。思えば彼女があの部屋に住み着いたのは、引っ越して数日経ってからだった。真の独り暮らしを、俺はまだ知らないのだ。
どうすれば良かったのだろうか。それでも、彼女の告白を受け止めることなんて俺にはできない。それだけは絶対にできない。だからこそ、まとわりつくように自分を追い詰めるのだ。
「あー、ちょうどいいところにいた!!」
黄昏れるように空を見ていた俺に、声をかけたのは牛の擬人化女。竹川は青色のバケツをこちらに差し出していた。もしかしたらノーブラだったのかもしれない。Tシャツ越しに少し胸が垂れているよう見えた。
「これ、何に使うんだ?」
「ま、いーからいーから車の荷台に置いてきて?あっ、誰にも見られないように」
車には既に何人か乗り込んでいて、ばれずにというのは難しそうだった。だから俺は思わず彼女に訊いてしまった。
「何で俺に頼んだんだ?」
「そりゃ、私じゃバレちゃうじゃん?でもあんた影薄いから、いけるでしょって」
相変わらず無茶苦茶な理由である。
「何の変哲もないバケツに見えるけど?」
「いやバケツが高級とかそんなんじゃなくて……とーにーかく!いけっての」
そう急かされたから、雰囲気だけでもと俺は忍び足で指定された車に近づいた。そして荷台を開けて、バケツを突っ込んだ。後部座席には乃愛がぐーと寝ていた。それに少し驚きつつも、俺はミッションを達成した。
少しだけ開いた心の隙間。もしかしたら、思い上がりがあったのかもしれない。親指を立てている竹川を見ながらそう思ったのだった。




